弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年7月10日

岐路に立つ日本

社会

著者:後藤道夫、出版社:吉川弘文館
 明仁(あきひと)天皇は、即位したあと靖国神社に一度も参拝していない。ええーっ、そうだったんですか。そう言われたら、聞いたことありませんよね。父親である昭和天皇が靖国神社に参拝したのは1975年(昭和50年)11月21日が最後で、そのあと1978年にA級戦犯が合祀されたからは一度も行っていない。
 宮内庁は、議論の分かれているところには行かれないと説明する。なーるほど、ですね。
 明仁天皇は1996年に栃木県の護国神社に参拝したことがあるが、そのときも、事前にA級戦犯が合祀されていないことを確認したうえのこと。
 このように、A級戦犯の合祀は、天皇と靖国神社、護国神社との関係を切断する結果をもたらしている。
 明仁天皇は戦後的価値観をそれなりに身につけている。たとえば、昭和天皇時代と異なり、天皇単独の行幸(ぎょうこう)が減り、天皇と皇后はそろって行幸啓(ぎょうこうけい)が増え、皇后の役割の増大が目立っている。記者会見を受けるときにも、天皇と皇后が並んで坐り、記者の質問も「両陛下にうかがいます」となっている。天皇と皇后はまったく平等に扱われている。
 また、1999年11月の在位10年記念式典の際に民間代表として選ばれたのは、阪神・淡路大震災の被災者(女性)と、障害者スポーツの代表(女性)だった。
 明仁天皇は、韓国のノテウ大統領が訪日したときの宮中晩餐会で次のように発言した。
 「わが国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛恨の念を禁じ得ません」
 この発言は、右派のナショナリストに大変なショックを与えた。このあと、彼らは天皇を政治の局外に置くべきだと主張しはじめ、天皇の天首化を主張することはしなくなった。
 世論調査によると、若年層は皇室に親しみを感じず、無関心層が分厚く存在している。尊敬20%、好感41%、無感情36%となっている。
 女性週刊誌がこのところ一部に雅子さんバッシングを相変わらず書いていますが、あまり皇室の提灯記事を見かけないのは、このことの反映でもあるのでしょうか。
 小沢一郎はアメリカと日本財界の意向を受けて、日本の軍事大国化を目ざした。そのためには社会党をつぶすか変質させなければならない。そこで、小選挙区制を導入することにした。中選挙区制ならともかく、小選挙区制で社会党が生き残るには共産党でなく民主・公明党と組むしかない。そうなると、社会党は安保・外交政策を転換させる必要がある。小選挙区制が導入されたら、社会党は少数政党へ転落するか、変質するか、どちらかを選ばざるをえない。いずれに転んでも障害物としての社会党は消える。この小沢の狙いはあたった。
 いま、その小沢一郎は民主党の代表です。自民党と民主党と名前の違いこそあれ、政策的にはまったく同じ。憲法改正をすすめる点も違いありません。いつだってアメリカ言いなりです。にもかかわらず。マスコミは相変わらず、あたかも違いがあるかのように二大政党制をもちあげるばかりです。いやになってしまいます。
 日本人のなかにも多種・多様な考えがあることをふまえて、少数野党の言い分をきちんと報道するのは公器としてのマスコミの責任ではないでしょうか。
 まやかしの二大政党論は、もううんざりです。

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