弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年4月 3日

プロ弁護士の思考術

司法

著者:矢部正秋、出版社:PHP新書
 一度もお会いしたことはありませんが、国際弁護士として活躍中の著者の本は、いつも大変学ばされる内容であり、感服しています。
 考えることは戦いである。自主独立の気概があれば、難問も必ず解決できる。自分で考えるためには、どんな場合でも、まず事実を確認し、根拠を吟味することが大切である。
 ときに近くを見て、ときに遠くを見る考える遠近法こそが、自由自在に考えるために必要である。うーん、なかなか鋭い指摘ですよね。
 すべての契約には個性がある。契約は一回的である。依頼者の立場、売主か買主か、貸主か借主か、ライセンサーかライセンシーかなどを考慮し、依頼者に有利なように契約をつくりあげるのが弁護士の役目。契約は、しばしば書類のたたかいと言われる。
 インターネットでサンプル契約を集め、適当に取捨選択して契約をつくる若手弁護士が多い。これでは自分の考えがない。検索上手だが、考え下手の弁護士が増えている。ビジネスとオフビジネスのメリハリをつけた生活をすると、仕事のストレス感は減るし、簡単に気分転換ができるようになる。何よりも、オフ・ビジネスの楽しみがあると、仕事中も忙しいと感ずることが少なくなる。
 ビジネスの世界は利害打算を基本とする。いわば灰色一色のモノ・トーンの空間である。一日中、仕事に密着していては、伸びきったゴムのようにもろくなり、切れてしまう。
 弁護士の重要な資質のトップとして、オプションの提案力があげられる。オプションの有無は仕事の品質に決定的影響を与える。日本の弁護士は伝統的に一つの正解を依頼者に提示してきた。しかし、外国の依頼者は、そのような考えを嫌う。弁護士は最低三つのオプションを提示すべきだ。弁護士はあくまで選択肢を提供し、経営者はその是非を検討して方針を決める。
 オプションが多いほどビジネス交渉では強い立場に立つことができる。選択の自由があるとき、人は最大の自由を得ることができる。自由はオプションの中にしか存在しない。オプションは自由を意味する。うむむ、これにはまいりました。私も伝統的なやり方でやってきました。考え直さなければいけないようです。
 常識的なオプションだけでは、ほとんど役に立たない。必ず極論も考えることが必要。極論は、大胆な発想をするための突破口となる。極論を考えるのは、現実から一歩身を引き、現実を冷静に観察するよい方法である。極論を考えられないというのは、権威や権力に迎合し、伝統・因習・常識に毒されているからだ。これらは、思考を暗黙のうちに束縛している。
 多くのものにあたって失敗し、その中からよいものを見つける。試して失敗したときは、失敗の原因を考え、あとに役立てる。日々の生活のなかで小さな実験と小さな失敗をくり返し、成功への法則性を見いだす。失敗から学ぶ習慣を身につけると、失敗を恐れなくなるという大きな副産物を得ることができる。
 法律家は、新人から中堅、ベテランになるにしたがって、権威や常識に対して健全な懐疑心をもつようになる。権威や常識を疑うかどうかが、法律家の成熟度を示す目安だ。疑うときに疑わず、疑うべきときに疑うのが若手に共通する欠点だ。
 天の邪鬼は小うるさく扱いにくいが、みずからの目で時代を分析する創造性と可能性をはらんでいる。異質の意見こそ社会にとって貴重だ。
 そうなんですよね。まあ、私自身も天の邪鬼だと周囲からは思われているのでしょうね。テレビは見ないし、ゴルフもカラオケもしないし、芸能界ともスポーツ界とも、とんと無縁の生活を送っていますからね。でも、本人は、いたってまともな人間のつもりなんですが・・・。
 上申書とは、上級の官庁や上役に意見を申し述べること。弁護士と裁判官は上下関係にないから、おかしなタイトルだ。私も、ずいぶん前から上申書というタイトルはつけないようにしています。
 まじめな弁護士は紛争の解決がたいてい下手。法律家は、美徳の中に悪徳を見い出し、悪徳の中にも美徳を見い出す複眼が必要だ。
 ふむふむ。なーるほど。大いに勉強になりました。

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