弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年4月 2日

マイナス50℃の世界

世界(ロシア)

著者:米原万里、出版社:清流出版
 江戸時代、大黒屋光太夫は伊勢の港から江戸へ向かう途中、嵐にあってアリューシャン列島に流されてしまいました。そこからカムチャッカにわたり、当時のロシアのペテルブルグ(今のサンクトペテルブルグ)に向かい、そこで女帝エカテリーナに会って帰国の許可を得ました。大黒屋光太夫が大変難儀した冬の旅程をTBSが再現しようとしたのに著者が通訳として同行したのです。
 ヤクーツクの冬は、日照時間が一日4時間ほど。太陽は午前11時に顔を出したかと思うと、午後2時には隠れてしまう。18時間の夜と6時間のたそがれ時からなっている。
 マイナス40度になると居住霧が発生する。人間や動物の吐く息、車の排気ガス、工場の煙、家庭で煮炊きする湯気などの水分が、ことごとく凍ってしまってできる霧のこと。冬には風は吹かない。この霧が出ていると、視界はせいぜい4メートルほどになってしまう。前を走る車の排気ガスのため、1メートル先が見えなくなる。怖いですね。
 地表面は凍土が凍ったり溶けたりするので、建物は土台からねじれひん曲がり、どんな建物でも50年ともたない。
 しかし、最近のビルは4〜5階建てのコンクリート住宅。凍解をくり返す層よりさらに深い15メートルほど杭をうちこみ、地表面から2メートルほどの高さの杭にビル本体の基礎を置く。つまり高床式のビルをつくるわけ。基礎の杭を固定するには、塩水を隙間に流すだけ。すぐに凍って杭をしっかり支える。
 マイナス50度の戸外で働く労働者は40分間、外で作業すると、20分間はあたたかい室内に戻って身体を温めるというサイクルで仕事をする。
 ヤクートは、世界有数の鉱物資源大国。トンネルや鉱山などの坑道は、掘るのは大変だが、ひとたび出来たら凍結しているので、支えは不要。落盤事故もない。
 氷上で釣りをする。魚がかかったら引きあげる。ピクッピクッ。そして三度目にピクッとする前に魚は凍ってしまう。10秒で天然瞬間冷凍になる。
 マイナス50度の野外ではスキーやスケートはできない。寒いと氷はすべらない。あまりに寒いと、まさつ熱では氷がとけないので水の膜もできないから、スケートもスキーもできない。
 現地の人の家は三重窓の木造平屋。マイナス50度でも、洗濯物は外に干す。トイレは室内になく、すべてこちこちに凍るので臭気はまったくない。うーん、困っちゃいますよね。お尻をマイナス70度にさらすなんて・・・。
 ビニール、プラスチック、ナイロンなどの石油製品はマイナス40度以下の世界では通用しない。ひび割れ破れ、パラパラと粉状になってしまう。現地の人は人工繊維は一切着ない。帽子も手袋もオーバーもブーツも、全部毛皮。下に身につけるのも純毛と純綿。毛皮はぜいたく品ではなく、生活必需品。酷寒のヤクートで育った獣たちの毛皮は、毛並がたっぷり豊かで、密。現地の人がはいている膝まである毛皮のブーツは、トナカイの足の毛皮で作るに限る。
 こんな寒い国に生きている人々なのにロシア第二の長寿国だ。不思議なことですね。
 著者は昨年5月、がんのため亡くなられました。愛読者の一人として、その早すぎた死が惜しまれてなりません。この本は、著者がまだ30代の元気ハツラツな女性だったころに小学生向けに書かれた紀行文をまとめたものです。文才があることがよく分かります。おかげでマイナス50度の驚異の世界を知ることができました。

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