弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年12月11日

生かされて

著者:イマキュレー・イリバギザ、出版社:PHP研究所
 都会の排ガスでうす汚れた魂がホースで水をじゃぶじゃぶかけて洗い流された。そんな気がしました。読み終わったときすがすがしい気持ちに浸ることのできる本です。そんな感想を口に出して何のはばかりもない本です。いえ、この本に描かれている情景は実に悲惨なのです。ところが、それを語る口調に救いが感じられるので、なんとなくホッとしてしまいます。
 ことが起きた場所は、アフリカのルワンダです。1994年、100日間で100万人のツチ族と穏健派のフツ族が虐殺されてしまいました。当時、大学生だった著者は、そのまっただなかで、なんと牧師宅の小さなトイレに女性ばかり8人で3ヶ月もこもって、ついに生き延びたのです。信じられない奇跡が起きました。彼女たちを殺そうとしたのは、ついこのあいだまで親しく話していた隣人であり、友人だった人々です。彼らは気が狂ったように大鉈(おおなた)、ナイフ、銃をもって殺戮(さつりく)してまわりました。著者の父も母も、アフリカのよその国に留学中だった長兄一人を除く兄弟みんなが殺されてしまったのです。なんと、むごいことでしょう。
 ルワンダはアフリカのなかでも小さな国の一つ。そして、もっとも貧しい国でもあり、また、一番人口過密な国だ。ルワンダでは、家族一人ひとりが違う苗字をもっている。両親が子どもが産まれると、それぞれに特別の苗字をつける。赤ちゃんが生まれたとき、父か母か、その子をどんなふうに感じたかによって苗字をつける。著者の名前イリバギザは、ルワンダのキニヤルワンダ語で、心もからだも輝いて美しいという意味。なるほど、写真でみる彼女は輝く美しさです。
 著者は、両親からルワンダが三つの部族から成り立っていることを教えられませんでした。差別を嫌う親の方針からです。
 多数派のフツと少数派のツチのほか、ごく少数の、森に住むピグミー族に似たツワがいる。ツワは、身長が低い。ツチとフツの違いを見分けるのは難しい。ツチは背が高く、色があまり黒くなく、細い鼻をしている。フツは背が低く、色が黒く、平たい鼻をしている。といっても、フツとツチは何世紀にもわたって結婚しあってきたので、遺伝子は入り混じっている。
 フツもツチも同じキニヤルワンダ語を話し、同じ歴史を共有し、同じ文化だ。同じ歌をうたい、同じ土地を耕し、同じ教会に属し、同じ神様を信じ、同じ村の同じ通りに住み、ときには同じ家に住んでいる。みんな仲良くやっていた。なんということでしょう・・・。これでは、日本人のなかの九州人と東北人の違いほどもないのではありませんか。同じ日本人であっても、毛深かったりそうでなかったり、背の高低があったりして・・・。
 ところが、1973年の革命で権力を握ったフツの大統領は、学校の生徒数や政府関係の人数は、人口の割合によると宣言した。フツ85%、ツチ14%、ツワ1%。これによって、ツチは高校からも大学からも、そして収入の良い職場からも追い出された。それで、著者も成績が良かったのに公立高校に入れなかったのです。
 ルワンダがドイツの植民地になったとき、また、ベルギーがその後を継いだとき、ルワンダの社会構造をすっかり変えてしまった。ベルギーは、少数派のツチの男たちを重用し、支配階級にした。ツチは支配に必要な、より良い教育を受けることができ、ベルギーの要求にこたえてより大きな利益をうみ出すようになった。
 ベルギー人たちが、人種証明カードを取り入れたために、二つの部族を差別するのがより簡単になり、フツとツチとのあいだの溝はいっそう深くなっていった。
 フツは、子どものときから、学校でツチを絶対に信じてはいけない。彼らはルワンダにいるべき部族ではないと教えられる。毎日、ツチに対する人種差別をみながら育つ。学校そして職場で。ツチを蛇とかゴキブリと呼んで、蔑(さげす)むことを教えられる。
 いよいよ大虐殺がはじまります。大統領が率先してデマ宣伝を大声でくり返すのです。ゴキブリどもを消毒しろ、ラジオでこう叫びます。
 ところが、インテリの父は信じないのです。ナチス・ヒトラーがユダヤ人の大虐殺をはじめたときと同じです。まさかそんな馬鹿なデマ宣伝を民衆が信じるはずがない。しかし、通りにはたちまち血に飢えた狂った大群衆であふれました。ツチと見たら殺す。それを止めようとした穏健派のフツもためらうことなく殺していきます。
 ツチの人々が逃げこんだ教会堂を取り囲み、火をつけて全員殺す。競技場に逃げて集合した人々を機関銃と手榴弾で全員殺戮してしまう。
 女性だけ6人がシャワー付きのトイレのなかに逃げこみました。牧師宅でも、そこしか安全なところはないのです。牧師は注意します。
 「トイレを流したり、シャワーをつかったりしないように」
 「この壁の反対側にトイレがある。そこは同じパイプでこことつながっている。どうしてもトイレを流したいときには、そこを誰かがつかうまで待つ。そして、確実に同時に流すこと」
 7歳、12歳、14歳、55歳の女性たちです。一人また一人と、当然、生理にもなる・・・。ずっとトイレにいたにもかかわらず、いま誰かが用を足しているところを思い出さない。匂いに苦しめられたことも思い出さない。
 牧師が食べ物をもってきたときだけ食べる。夜中の3時か4時まで現れないこともあり、まったく姿を見せない日もあった。飲み水はもってきてくれた。食べものも、余りものしかもってこれなかった。気づかれないためだ。
 6人いたのに、また2人の女の子が増えた。ところが、すき間はかえって増えた。人間が縮んでしまったから。十分に食べられないことから衰弱し、ほとんど一日中もうろうとして過ごしていた。著者も体重が18キロは減った。
 そして、驚くべきことに、この状況で、著者はなんと、英語の勉強を始めたのです。狭いトイレに女ばかり8人がこもって2ヶ月たった時点です。英仏辞典と英語の本を2冊、牧師は差し入れてくれました。
 フランス語のできる著者は必死で英語を勉強し、たちまちものにしました。
 著者が隠れていたトイレの写真があります。3ヶ月間、8人の女性が過ごしたとはとても思えない、本当に小さなスペースです。
 フランス軍に救われて、なんとか国連の仕事をするようになって、著者は刑務所に入れられている虐殺者のリーダーに面会します。そのとき、彼女は、私はあなたを許しますと言ったのです。私には、とても信じがたい言葉です。人間の気高い精神のほとばしりです・・・。
 アンネの日記とはまた違った魂をゆさぶる手記です。ぜひ、お読みください。あなたも、きっと、生きてて良かったと思うと思います。こんな感動を味わうことがきるんですから。

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