弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年10月13日

朝鮮王朝史(上)

著者:李 成茂、出版社:日本評論社
 朝鮮王朝(李朝)500年の栄枯盛衰のドラマを活字にする本格的通史。オビにこのように書かれていますが、読めばなるほどと納得します。なにしろ上巻だけで600頁あります。私は東京までの往復2日間かけて、じっくり読みとおしました。
 上巻は、李成桂の建国から、ハングルが制定された世宗朝、「チャングムの誓い」の舞台となった中宗朝を経て、第18代の顕宗朝までです。李朝500年が、激しい波に浮かんであらわれては消え去っていく様子が活写され、手に汗にぎる思いにかられます。
 歴史は過去との対話である。
 けだし名言です。過去を知らないことには、現在の自分を知ることは決してできません。
 歴史において、善悪は表裏一体であり得る。小国の韓国が、これまで生き延びてこれたのは、能力を重視し、優秀な人材を選び、国家を経営してきたからである。能力主義こそ、韓国の誇るべき精神的資産なのだ。
 科挙制度と朱子学は、400年かかって韓国のものになった。つまり、10世紀にとりいれられた科挙制度は14世紀になって韓国に定着した。12世紀に導入された朱子学は16世紀の退渓(テゲ)、栗谷(ユルゴク)の時代になって、やっと韓国のものとして定着した。
 国王が世襲されるのに対し、官僚は科挙によって選ばれたから国王より優秀だった。彼らは巧妙な制度をつくって王権を制約した。人事権と軍事権は、形式的には国王にあったが、実質的には臣僚たちが握っていた。
 臣僚のあいだで朋党が生じ、党争が公然と横行する。国王は朋党間の調整に汲々とするばかりだった。皇帝権が強かった朝鮮では朋党は公認同然だった。
 朝鮮の歴代諸王たちの治世は、おおむね20年ほど。20〜30代に即位して、40〜50代に死去することが多かった。宣祖、粛宗、英祖のように30〜50年も在位した王は例外的だった。
 次の王位継承者である世子の資格条件として、長子相続の原則は、朝鮮時代にすでに確立されていた。しかし、王位の継承のような政治的に重要かつ複雑な問題を原則どおりに行うというのは、それほどたやすいことではなかった。朝鮮王朝時代500年間に推載された王は27人。そのうち王の嫡長子など、正当性に何ら問題のなかったのは、わずか10人にすぎない。残り17人の王は、世子の冊封過程や王位継承において、原則にそぐわない非正常な継承者であった。兄弟次子継承もある。物理的実行行使によって即位した世祖、中宗、仁祖、王子でない遠縁の王族として大統を継いだ宣祖、哲宗、高宗、庶子として冊封された光海君や景宗、さらに世子が交代した定宗や世宗もいる。
 王位継承には、能力や道徳性のようなものも重要な条件となっていた。王位の傍系から初めて王位を継承したのは宣祖だった。
 大院君とは、王に後嗣がなく、死後、王族から王位継承者が出た場合、その父を指す呼称だ。
 李氏朝鮮の内情を総括した歴史絵巻物を見ているような気持ちになる本でした。

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