弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年9月20日

サバイバル登山家

著者:服部文祥、出版社:みすず書房
 すごい山登りです。厳しい自然のなかで自分の全存在をかけて登っていきます。私にはとても真似できませんし、また真似するつもりもありません。冬に寒いのはいやですし、夏に蚊に刺されるのも耐えられません。ご飯はわが家でゆっくり食べたいし、トイレも水洗を愛用しています。雪の洞窟のなかに閉じこめられ、他人のいるところで用便するなんて、たまりません。それにしても恐るべき山登りの記録です。
 夜テントで寝ているところを、キツネに食料をごっそり盗まれてしまった。あと10日ある山行の14日分の行動食をキツネが袋ごと持ち去った。残った食料はモチ1キロと乾燥米12袋、紅茶と砂糖、ヤッケのポケットに入れていたアメ6個とカロリーメイト1箱のみ。海岸で打ち上げられた昆布と海辺に生息する小さなウニを見つけて無心で食べる。スキーをザックにくくりつけた人間の出現にエゾシカが驚き、崖から転落して死んだ。
 生きようとする自分を経験すること。これが著者の登山のオリジナル。山には逃れようのない厳しさがある。そこには死の匂いが漂っている。だからこそ、そこには絶対的な感情のある気がする。
 生命体としてなまなましく生きたい。自分がこの世界に存在していることを感じたい。そのために山登りを続けている。そして、ある方法にたどりついた。食料も装備もなるだけ持たずに道のない山を歩いてみる。最大11日間の山行にもっていく食料は、米5合、黒砂糖300グラム、お茶、塩、コショーだけ。電池で動くものは何も持たない。時計、ヘッドランプ、ラジオも、コンロと燃料もなし、マットもテントもない。タープを張って雨を避け、岩魚を釣って、山菜を食べ、草を敷いてその上に眠り、山に登る。
 えーっ、そんなことができるかしらん。
 山梨県南部の見延から、富士川支流をのぼっていく。南アルプス方面だ。ヤマカガシ(毒ヘビ)を見つけ、頭をふんづけて殺す。皮をはぐと、腹から溶けかけたカエルが出てきた。その未消化カエルとヤマカガシとヒラタケを塩味のスープとする。もう一匹のカエルは皮をはいで内臓を出して丸焼きにする。でも、食べるところは、ほとんどない。
 岩魚の内臓はスープ用にとっておき、卵は塩漬けにする。岩魚は、さばいたら塩・コショーして近くの枝にぶら下げておく。これで余計な水分が抜けて燻製づくりがうまくいく。岩魚は、ワタ(内臓)もアラも捨てない。捨てるのは胃袋の中身とニガリ玉とエラだけ。それが岩魚への礼儀だ。岩魚は型が良ければ、刺身が旨い。
 カエルは皮をむいて、毒腺から出た毒をよく洗い、内臓はごめんなさいと森に投げ、身だけを燻製にする。おみやげに喜ばれるカエルの姿干しだ。このカエルはおやつ専用。
 山のなかでの「なんとなく」という感覚は大事にする。言葉に還元できない総合判断、身体全体で考えているということ。研いだ米は、急がないなら誤ってけ飛ばさないところに置いておく。焚き火の近く、じんわり暖まるくらいに置く。
 はじめ調味料は砂糖と塩とコショーだけだったが、最近はミソとゴマ油そしてしょう油も持っていく。塩・コショーだけではあまりにも味気なくて、まいってしまった。たとえ数日間でも、同じもの同じ味を食べ続けるのは、大いなる精神的苦痛だ。
 一週間ほどの山行なら、全装備・食料が35リットルのザックに余裕をもって収まる。しかし、自給自足は手段であり、あくまでも登山が目的。
 長い冬山のあとは、炒め物や生野菜が妙に旨い。サバイバル登山とは、自分の体が隠し持っている能力に出会う機会でもある。
 山でもっとも厄介なのは風。風は、静かに降る雪や雨の何倍もの力で人の生命力を奪い去る。風の影響のないところに幕営地を変更した方がいい。予備の装備を持っていくより、道具をつくり出すための道具、使いやすいナイフや小さなペンチを持っていく。新聞紙が防寒具、タオル、ぞうきん、風呂敷のかわりをする。お尻は川か水たまりか雪で洗うから、トイレットペーパーも不要。シュラフは化繊から羽毛にかえる。軽く、小さくなる。
 沢をゆく旅では、行動用の服と泊まり場用の服を分けたほうがいい。泊まり場用の服とは、毛の下着、ステテコとラクダのシャツのこと。ないと困るのは、完全防水を可能にするビニール袋。乾いた衣服と寝袋そして雨をさえぎってくれる空間があれば、そう簡単に人は死なない。
 朝は6時までに出発する。出発したら9時を過ぎるまでザックは下ろさないし、何も食べない。これは自己規律。9時を過ぎたら1時間ごとに休みはじめ、ちょくちょく何かを食べる。12時を過ぎるころには、へたばってきて、その日の宿営地を探しながら歩く。13時から14時には泊まり場を決める。お米は2合強を一度に炊く。翌朝の分までつくっておく。
 すごい、すごーい。すご過ぎます。とてもとても私には出来ない山登りです。本を読むだけで十分でした。でも、知ってみたい山行きの世界です。
 台風一過、秋晴れの日となりました。曼珠沙華が咲いて、秋の気配が濃くなりました。
 台風で、庭の葉がかなり吹き飛んでしまいました。エンゼルストランペットは全滅です。芙蓉の花はまだ生き残りました。酔芙蓉の花がまだ咲いていませんが、なんとか花を咲かせてくれるものと期待しています。庭を片づけて、かなりスッキリしました。チューリップの球根を植える準備をすすめなければいけません。

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