弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年9月 5日

脳視、ドクター・トムの挑戦

著者:中野不二男、出版社:大和書房
 読字機能における脳のつかい方は第一言語によって決定される。
 ヒトの利き腕が左利きか右利きかというのは、生まれたときには既に決定している。だけど、最初からそれが表に出るわけではない。赤ちゃんのときには、左右の手を対象に動かす、いわゆる鏡運動のくり返しをする。その鏡運動が消えるころ、生まれながらの利き腕が前面に出てくる。
 しかし、言語における脳のつかい方はちがう。最初に読み方を覚えた言語によって脳のつかい方は決定される。そして第二言語、すなわち二つ目に覚える言語には、第一言語によって決定された脳のつかい方が、そのまま応用される。
 たとえば、日本人、日系人、中国系、中国人という4人の若者がサンフランシスコで育ったとき、家庭ではそれぞれの言語で話していても、最初に読み方を覚えた言語は英語だ。そのとき、彼らの言語に関する脳のつかい方は決まる。つまり、アメリカ生まれのアメリカ人とまったく同じパターンとなる。そして、日本語や中国語は、母国語であろうとなかろうと、英語によって構築されたパターンのもとで学んだ二つ目の言葉にしかならない。
 ヒトは、目や耳といった感覚器官から入ってきた情報により、脳をつかいながら言語機能をつくりあげていく。そのとき、前頭前野では、考えて理解することにより、理性ややさしさという人間らしさが生まれてくる。したがって、運動や言語を司る機能の部分、つまり脳の前頭葉や側頭葉に位置する領域を実際に行為する実践装置だとすると、前頭前野は、それを細かにコントロールしている制御装置だということになる。こころは、その制御装置と実践装置のつながりに生まれるはず。そのつながりを生み出しているのが、熱による脳内の対流、すなわち渦だ。
 ヒトがものを考えたり記憶したりしているのは、大脳の表層部分の大脳皮質である。大脳皮質はニューロンの集まり、いわばユニットの集合体で、層のような構造をしている。それぞれのユニットは、正確に6層になっている。それも中心には吹き抜けに似た中空部のある、6階建てビルディングのような層構造だ。
 脳の中央部の温度、すなわち、中核体温は、脳の表面よりも常に高い。脳のニューロンの代謝によって生まれる炭酸ガスをふくんだ液体が、その熱により対流を起こし、ビルの吹き抜けを通っていくはず。脳の活動が活発になるということは、すなわちニューロンの代謝が盛んになるということ。盛んになればなるほど、ニューロンは血液によって運ばれてきたグルコースをとりこみ、水と炭酸ガスを排出する。その液体の密度、つまり炭酸ガスの濃度の違いにより、シナプスというスイッチがオンになったりオフになったりすることで生まれるのがヒトの意識ではないか。
 言語や運動などのヒトの行為を司る実践装置としての機能は脳の前頭葉や側頭葉にある。その行為を細かくコントロールしている制御装置は前頭前野だ。そして両者のつながりを保っているのは、脳の中心部から外側へ向かって流れる炭酸ガスをふくんだ温かい液体である。
 この液体が、ニューロンで構成される大脳皮質のビルの吹き抜けを通り抜けて、6階建てビル群の屋上のような表面へと流れ出す。そのときに、ガスの密度の高低により、表面に広がる神経回路のスイッチのオン、オフを促していく。そしてガスを含んだ温かい液体は、大脳皮質の球形の表面に沿って流れるうちに冷却され、ふたたび脳の中心部へと戻っていく。それは、ヒトが生きている限り、ものを見て何かを感じ、考え、行為にあらわしている限り、ずっと続く対流である。この脳内の渦にこそこころが生まれる。
 このように説明されると、ヒトの意識と思考について具体的なイメージが湧いてきます。なんだか、脳のなかのこころの存在も分かったような気がしてきました。

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