弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年8月21日

最勝王

著者:服部真澄,出版社:中央公論新社
 空海がまだ佐伯真魚(さえきのまいお)と呼ばれる少年のころから話ははじまります。真魚は四国・讃岐の国造(くにのみやつこ)の家柄に生まれました。
 小説家の想像力の豊かさに驚きます。どれだけ資料の手がかりがあるのか知りませんが,ディテイルをふくめた描写に圧倒される思いで読みすすめていきました。
 末尾の主要参考文献に密教や大蔵教,大日教,金光明教などの教典の注釈本があげられています。それらを読んで,この本に取り入れてあるのですから,すごいものです。ついつい感心しました。また,開法寺(どこにあるお寺なのか知りませんが)の秘蔵の板彫阿弥陀曼荼羅を開帳してもらったそうで,曼荼羅についてもその意味が解説されています。
 大陸へ通じる海路をゆく船を,つくのぶねと呼ぶ。遣唐使の舶が四隻を連ねて走ることが慣習になると,四の船(よつのふね)とも呼ばれるようになった。
 当時の唐に盛んだったのは天台宗と秘密宗の二派だった。秘密宗とは,どうも密教のことのようです。秘密宗が重んじている経典は,「大昆盧遮那成仏神変加持教」(だいびるしゃなじょうぶつべんかじきょう)。
 このなかに60心の迷いを乗りこえなければ,仏法の修行者として世間を超越したことにならないとされているそうです。いくつか紹介します。
 貧心(とくしん)。ものごとに染まり,むさぼる心。
 無貧心(むとくしん)。染まるべきものにも染まらず,善きものすらも求めようとしない心。
 智心(ちしん),知ったかぶり,思い上がる心。
 決定心(けつじょうしん)。師の仰せであれば,お説のとおりと,何でも従ってしまう心。
 疑心(ぎしん)。何を聞いても疑うだけの心。
 暗心(あんしん)。疑うべくもないことまで疑う心。
 明心(みょうしん)。疑うべきことすら信じてしまう心。
 人心(にんしん)。人との縁を損得ばかりで計る心。
 女心(にょしん)。何ごとも欲の欲するままに行う心。
 自在心(じざいしん)。一切を我が意のままにしようと思う心。
 商人心(しょうにんしん)。必要のないものまでも一網打尽に集めるだけ集め,取り捨ては後回しにし,とにかく利を得ようとする心。
 農夫心(のうふしん)。まず広く尋ね回ってから,求法するに等しく,無駄にあちこちを耕してしまう心。
 狗心(くしん)。しきりに尾を振る犬のように,もの足りぬ結果でも大満足しきって狎れる心。
 狸心(りしん)。狸のようにあたりを窺い,怯えて,そろそろとしか進まぬ心。
 迦楼羅心(かるらしん)。党を組み,翼を得ることなしには事に臨まぬ弱き心。
 いやあ,いくつも該当するんじゃないかというものがあります。これをすべて乗りこえるなんて,とても不可能のように思います。みなさんは,いかがですか・・・。
 60心は,喩え(たとえ)である。これら心の相は,およそ人であれば誰しもが内奥に持つものであり,60は仮に挙げられた数に過ぎず,煩悩妄心は複雑怪奇,無量無数である。仏法の奥の深さを垣間見る思いのする本でした。

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