弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年5月 8日

制服捜査

著者:佐々木 譲、出版社:新潮社
 これが本物の警察小説だ。オビに書かれているキャッチ・フレーズに偽りはありません。「うたう警官」(角川春樹事務所)も北海道警の醜い側面を鋭くえぐった面白い警察小説でしたが、今回もじっくり読ませました。その筆力に感心します。たいしたものです。
 稲葉警部の不祥事が発覚して以来、北海道警は警察官の管理を極端に厳しくした。ひとつの職場に7年在籍した者は無条件に異動させる。同じ地方で10年勤めたら有無を言わさず、よそへ移すことにした。その結果、所轄の警察署にはベテランと呼ばれる捜査員がまったくいなくなった。経験の必要とされる刑事課強行犯係の年配刑事が、べつの地方で運転免許証の更新事務に携わる。小さな町で地元と長い信頼関係を築いてきた駐在所の警察官が、札幌で慣れない鑑識の仕事についている。犯罪者の検挙率が多少落ちてもかまわない。それより稲葉警部のような暴走する警官を出さないことの方が重大事だ。これが道警本部の方針。ふむふむ、そういうことが警察の世界で起きているのか、知らなかった。
 無能な刑事は、まわりの人間の人生をあっさりとぶち壊す。
 こんな鋭い言葉が出てきて、しびれます。
 駐在所の警察官の最大の任務は、被害者を出さないことではない。犯罪者を出さないこと。選挙違反の摘発だって、簡単にしてもらっては困る。選挙違反に手を染めるのは、地域への献身の証なのだ。それを摘発する警察は、地域の事情を知らない馬鹿役所だ。
 昔ながらの有力者による買収・供応という選挙違反がはびこるのは、ごめんです。でも、戸別訪問やビラ配りは一刻も早く全面解禁すべきです。
 駐在所に単身赴任した警察官が、地域の事情を少しずつのみこみながら、地域の政財界の有力者から圧力を受け、軋轢のなかで、所轄署ともたたかいながら犯人究明に乗り出していく苦労話でもあります。すごく読みやすい警察小説でした。
 ところで、私の住む町の身近な交番が2つも最近なくなってしまいました。警察官は大幅に増員されているのに、地域からはいなくなっているのです。これで地域の安全をどうやって守るというのでしょうか。
 日本の警察は優秀だと長く言われてきましたが、最近ではあまり評価されないようになっています。スーパーで万引きしたら、すぐに捕まります。私は今、コンビニでタバコ2箱を万引きしようとした青年の国選弁護人です。もちろん、万引きを放任しろ、なんてことは絶対に言いません。でも、暴力団がのさばっているのを本当になんとかしてほしいと市民の一人として思います。多くの市民の商売の邪魔になっているのですから。それに重大事件はなかなか捕まりません。ましてやグリコ事件のような知能犯は容易に捕まらない。いろんな理由があるでしょうが、その一つに警備・公安警察の優遇があるように思います。なにしろS(スパイ)対策費として、支出のチェックを受けないお金を自由に処理できるのですから、腐敗が起きないはずはありません。この本でも、駐在所の巡査の関心事が、教職員組合の動向と民主党と共産党の裏事情だという話が紹介されています。政権党を守ることが国家秩序の維持なんだ。ゴミのような事件なんて、どうでもいい。そこには、こんな警察トップの本音が隠されています。やはり、警察官にも労働組合を認めるべきです。

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