弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年4月 5日

構造改革政治の時代

著者:渡辺 治、出版社:花伝社
 小泉首相が2005年9月の総選挙でとった戦術には2つの特徴があった。
 刺客・落下傘候補の勝利の意味するものは、自民党公認と資金の力がきわめて強く、場合によっては自民党が戦後営々と築いてきた伝統的支持基盤をも上回るものだったことにある。彼らは、まったく地元に支持基盤をもたず、中央の公認・資金とマスコミの宣伝のみによって大量の票を獲得した。逆に、郵政民営化に反対票を投じた議員たちは、小選挙区制度の定着によって選挙のあり方や支持基盤がもはや変わりつつあること、しかも、小泉政権に入って加速化した構造改革によって、伝統的支持基盤を支える農民層や都市中小零細企業層、自営業層が縮小・解体を促進されてきたことを決定的に過小評価するという誤りを犯した。
 もう一つ。小泉は選挙で獲得すべきターゲットを自民党の伝統的支持基盤から、大企業のホワイトカラー層を中核とする上層にシフトしたことである。この層こそ、小泉改革政治の受益層であった。その結果、切り捨てられた層については公明党の集票に依拠することになった。このような分業体制をとったため、自民党はますます公明党の候補を必要とし、公明党を切れなくなっている。
 こうした小泉自民党への票は、大都市部の上層の票を総取りした結果であって、決して階層横断的にまんべんなく票を集めた結果ではない。小泉構造改革は、既存政治では疎外されていると感じている青年層や女性、都市自営業層、地方都市の労働者や農村部にまで支持を広げた。これまでの構造改革の最大の障害物が今や構造改革の推進力に転化したのである。小泉政権の強さは、ここにある。
 小選挙区制の最大の害悪は、それが導入の狙いでもあるが、当選の見込みのない少数政党を切り捨て、保守二大政党制が確立することにある。その結果、共産党や社民党には固定票は入るものの、大都市部での中下層や農村部での自民党への不満層の流入は阻止されている。
 私は成人して投票権をもって以来、一度として自民党に入れたことはありません。それを私のひそかな誇りにしています。強い者本位で弱者切り捨ての政治を、弱者があこがれるという政治構造は古今東西、人間社会に不偏なものですが、私は絶対に認めません。自分は浮動票だと自慢げに言う人は世の中に本当に多く、私の身のまわりにもたくさんいます。でも、私は、もっと弱者のことを考えてよ、みんないずれ年齢(とし)をとったら弱者になるんだよ、そう言いたいと考えています。年金切り下げなんか、私は絶対反対です。ついついコーフンしてしまいました。ゴメンナサイ。
 小泉は政治家三世であり、講演会の維持・培養に腐心する必要はなかった。だから、従来の支持基盤の利益を切り捨てることに痛痒を感じなかった。大胆に、断固として、冷酷に切り捨てることができる。これが小泉のもっとも得がたい特質である。靖国参拝のように、支配層の外交政策にとって不都合な頑固さはあるが、そんな欠陥は構造改革を強行する利益にとってみれば比べものにならない。財界はこのように考えている。
 小泉は、支配層の課題を無邪気に、断固として実行する決意と頑固さをもった人物として、財界の期待にぴったりあてはまる人物だった。
 小泉をポピュリストと評価するのは間違いだ。小泉は上層の獲得を通じた階層型政治への志向をもち、福祉切り捨ての断固たる姿勢をもつのだから、福祉バラマキを特徴とするポピュリストとは対極に立つ政治家である。
 結果として生まれる社会の階層化、貧困層の増加、社会統合の解体に対して、小泉政権は本格的な対策や新たな統合政策をうみだしていない。小泉は、このような統合問題に対していたって冷淡であり、増大する格差化への対処策を講じていない。むしろ、これを切り捨てて構造改革に専念するのが小泉流のやり方となっている。
 このまま、小泉構造改革が進展すれば、社会の分裂・中間層下層の生活悪化にともなう不満の増大が自民党政権を揺るがすことは間違いない。
 現代日本政治の諸悪の根源は、変身した自民党政治が追及している「構造改革」政治にこそある。小泉構造改革は、既存政治システムの急進的改悪なのである。小泉構造改革は、ほかでもなく、政権党としての基盤を掘り崩さざるをえない。
 小泉首相と自民党内抵抗派の対立は、構造改革の是非ではなく、改革の漸進か急進路線かの対立でしかない。それは決して妥協不可能なものではない。したがって、改革は、両派の対抗と妥協を通じてすすめられていくだろう。
 たとえば、同じ特殊法人でも、自民党政治の支持基盤維持に不可欠でないものは、たとえ国民にとって切実なものであっても、容赦なく切り捨てられ、廃止・民営化が決まった。住宅金融公庫、日本育英会などである。これは、低所得層に対して、銀行から高い金利の借金までして子弟を学校に行かせなくてもいいという考えにもとづいている。
 小泉構造改革は、社会保障制度の再編を強行し、失業や倒産への統合装置を破壊した。その結果、無類の安定を誇った日本社会は、その土台から大きく揺らぎはじめている。
 そもそも、構造改革とは、巨大企業の競争力を回復強化することをめざした改革である。起業の税金を安くするためには財政削減が必要なわけである。5兆円削って、2兆円増やす、という小泉予算というのは、福祉を5兆円削り、大企業へ2兆円まわすということ。
 著者は私の一つ先輩にあたります。何度も話を聞いたことがありますが、その明快さと分析の鋭さにはいつも関心させられます。今度のこの本も、なるほど、なるほど、そうなんだよなー、などとうなずきながら読みましたが、すごく勉強になりました。みなさんにも一読をおすすめします。2500円は決して高くありません。

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