弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年3月 3日

「戦火のなかの子どもたち」物語

著者:松本 猛、出版社:岩崎書店
 いわさきちひろの絵は何度みても、いつ見ても本当にいいですよね。眺めているだけで、心がほんわか、身体全体がじわーっと温まってくる気がします。
 いわさきちひろは1973年夏、55歳で亡くなりました。この本は、ちひろの長男猛が絵本の制作過程を紹介したものです。絵も素晴らしいのですが、絵本がどうやって出来上がっていくのか、その過程の試行錯誤が紹介されていますので、とても興味深いものがあります。
 「戦火のなかの子どもたち」は、直接的には日本におけるベトナム反戦のたたかいに呼応して出来上がった本です。ちひろは、自分の少女時代の第二次大戦の惨禍の経験をふまえて絵を描いています。
 ベトナムに一度も行ったことがなくても、ベトナムの写真やポスターを参考にしながら、ちひろはベトナムの子どもたちを生き生きと描きました。
 戦争の悲惨さを描くのに、その残虐ぶりを直接的に絵に再現するのではなく、あくまで可愛い子どもの姿を描くことによって、そんな子が殺される戦争の悲惨さを浮きぼりにする。これがちひろの絵です。
 絵本をつくるときには、原画を広い8畳の和室に並べて、ストーリー展開を考えていきます。絵本になったときの印象を確認し、構成と言葉を考えていくのです。絵本が完成していく様子が図解されて、手にとるように分かります。
 ちひろは絵本の画面の流れをどうつくるかに腐心した。前ページの絵に出てくる風の余韻を残し、次に登場する少年の絵の印象をしっかりしたものにするためには、たとえ一枚の絵としての力が減少しようとも、この場面を強くしすぎるわけにはいかない。このように考えるのです。
 自分は、どんなにかわいい子どもたちが犠牲になったかを伝えるために、できるだけかわいい子どもを描く。
 「戦火のなかの子どもたち」の主題は傷ついた子どもの心だった。
 花の好きなちひろには、たくさんのシクラメンが届けられた。アトリエのなかにはシクラメンの花で一杯、あふれるほどだった。
 国会議員で忙しい夫をかかえ、大家族で暮らすちひろは、絵を描くときには出版社の確保した宿舎にカンヅメになったりしていた。
 子どもたちの愛らしい、生き生きとした絵に強く心が魅かれます。あのころの輝く瞳をいつまでも忘れたくないものです。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー