弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年12月13日

ようこそ、と言える日本へ

著者:土井香苗、出版社:岩波書店
 東大法学部の3年生が司法試験に合格し、アフリカのエリトリアに司法制度づくりの支援に行ったというのは新聞を読んで知っていました。たいしたものだ、すごく勇気があるなと驚いたことを覚えています。
 彼女が弁護士になってから、福岡の迫田弁護士から親友ですと紹介されて挨拶したこともあります。フツーの女の子なんだなと、そのとき思いました。いかにも才媛という感じではありませんでした。
 大学3年生で司法試験に合格するということは、入学してからずっと真面目に法律の勉強をしていたんでしょうね。でも、勉強のあいまにはピースボートのボランティアスタッフもしていたというのです。偉いものです。
 人口420万人のエリトリアはエチオピアに併合され、支配されてしまいました。もちろん、独立運動が起きます。激しい弾圧をはねのけ、ついに1993年に独立することができました。そこに押しかけて、彼女はエリトリアに検察組織をつくりあげるために世界の法体系を調査する仕事に没頭したのです。
 この本には、彼女がなぜ「いい子」でいたのか、ずっと勉強してきたのかも赤裸々に描かれています。両親は家庭内離婚状態で、母親からは女は資格がなければ生きていけないと叱られてばかり。ホンネを隠して、表面上は「明るくて楽しい土井さん」という仮面をかぶっていたというのです。母の怒りに触れずに安全でいるには「いい子」でいるしかない、勉強して学校の試験でいい点をとるほかにやるべきことがない。このように書かれています。実に寒々とした情景です。彼女が大学2年生、妹はまだ高校2年生のときに、母のもとを2人して家出してしまいました。すごーい、感嘆のあまり声が出ません。
 家出して2ヶ月後の短答式試験に合格し、論文試験そして口述試験にも続けて合格したといいますから、そのガンバリたるや、ちょっとやそっとのものではなかったでしょう。それでも、当時の私は20年間の人生のなかでもっとも気持ちが前向きだった、というのです。死にもの狂いだけど、夢をもっていたということなのでしょう。うーむ、なかなか並みの人にはできないことですよね。
 弁護士になってから、日本にいる難民の救援活動に取り組みはじめます。そうなんです。日本は外国人の人権にものすごく冷淡なのです。外国人労働者を利用しても、その生活や権利なんか知らない。これが日本の政府の考え方です。裁判所も、政府の考え方に追随するばかりでしかありません。そこを難民支援の人たちと弁護団が、まさに不眠不休で活動するのです。彼女らこそが日本人の良心だ、読みながらそう思いました。
 彼女の結婚式のときの写真があります。アフガニスタンから逃れてきた難民の1人が花束をもって駆けつけ、お祝いをしてくれたのです。
 日本には外国人労働者が76万人いて、そのうち24万人が在留資格をもたない外国人労働者が底辺から日本経済を支えてきていた。一方で必要として利益を享受しておきながら、一方で「存在してはならない人」として人権をまったく保障せずに取り締まるだけ。このような日本は偽善社会ではないか。土井弁護士は厳しく問いかけます。
 イラクで3人の日本人が拘束され、解放されたとき、日本の政府とマスコミは自己責任論をぶちあげて非難しました。このとき土井弁護士たちは、それは違うじゃないのと叫んで救援に立ちあがったのです。私も、あの異常なバッシングには怒りを覚えました。日本からアメリカの言いなりになって自衛隊がイラクへ行ったので、彼ら3人は拘束されたのです。悪いのは自衛隊を派遣した日本政府だ。私はそう思っています。
 若くして司法試験に合格し、ビジネス・ローヤーになって何千万円、何億円という大金を扱い、人権擁護とかそんなことは一瞬も考えたことがない。そんな弁護士が増えているなかで、土井弁護士は貴重な存在だとつくづく思いました。彼女のあとに、大勢の若い人が続いてくれることを期待しています。なによりそこには正義があり、自分をも独立した人間として解放してくれる場があるのです。

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