弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年12月 6日

再審と鑑定

著者:谷村正太郎、出版社:日本評論社
 著者の古稀を記念して刑事弁護に関する論稿を集めて本にしたものです。著者と対話したことはありませんが、そのお話を聞いたことは何度もあります。誠実そのもの、謙虚な口ぶりの話に、いつも感心しながら聞いていました。
 白鳥事件と芦別事件が大きくとりあげられています。ご存知のように白鳥事件は、再審事件の門戸を大きく開いたとされる最高裁判決が出ています。でも、いま読んでみると、なーんだというような、当然のことが書かれているにすぎません。
 白鳥(しらとり)事件は1952年1月21日、札幌市内の路上で自転車に乗って走行中の白鳥警部(警備課長)が拳銃で射殺されたというものです。当時28歳だった村上国治・共産党札幌市委員長が10月10日に逮捕され、3年後の1955年8月16日に殺人罪で起訴されました。村上国治は現場にいたのではなく、殺害を指示したというのですから、共謀共同正犯です。ところが、物的証拠は何もありません。唯一の証拠が弾丸でした。白鳥警部の体内から出てきた弾丸と、札幌市郊外の幌見峠で拳銃の射撃訓練をしたときに「発見」されたという弾丸が同一のものかが問題となり、同一だとする鑑定書が出されました。しかし、その鑑定書をつくった学者は自分でしたものではないことが判明したのです。
 最高裁の1975年5月20日の決定は次のように述べています。
 「無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいう」
 「明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきである」
 「再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生じぜしめれば足りるという意味において、疑わしいときには被告人の利益に、という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである」
 なかなかいいことを言ったのですが、それでも最高裁は結論として再審開始を認めませんでした。運動の盛りあがりに押されるようにして村上国治は17年間の獄中生活のあと、仮出獄することができました。45歳になっていました。お金に替えられない貴重な青春が奪われてしまったわけです。
 芦別事件も、同じ1952年の7月29日、北海道の根室本線の芦別駅付近で線路がダイナマイトで爆破されたというものです。被告人がつかったとされた発破器は盗まれたのではなく、土砂崩れのために埋まっていたのであり、会社はそれを発見してつかっていた。検察は、それを知っていた。したがって、被告人が犯人ではありえないことを知りながら当初の筋書きどおり起訴した、というのです。本当にひどい事件です。
 著者は刑事記録を読んでこのことを知り、それまで抱いていた裁判所に対する幻想がうちくだかれたとしています。私も、このくだりを読んで、腹がたってしかたがありませんでした。権力をもつ人間のやることは、昔も今も変わりません。決して、単に昔のこととすますわけにはいかないのです。
 それでも、そんなひどいことをした検察官の個人責任は認められませんでした。いえ、一審判決は認めたのですが、二審も最高裁も認めなかったのです。こんなことでいいのでしょうか・・・。
 先輩弁護士に学ぶべきところは大きい。それを実感させられた本でした。

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