弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年8月12日

漢語四方山話

著者:一海知義、出版社:岩波書店
 漢字の読み方に、呉音と漢音があるというのは、もちろん私も知っていました。ただし、どちらが呉音で、漢音なのかはいつまでたっても覚えられません。
 呉音は昔の中国の今でいう上海や南京あたりの南方音で、漢音は中国の長安や洛陽という北方音が伝わってきたものです。たとえば、生は一生と書けばショウとよみ呉音で、人生ならセイと読んで漢音です。奈良時代(792年)以降、朝廷は漢音の方が正規の字音で、漢文を読むときは漢音で読むようにと繰り返し布令を出しました。しかし、漢音以前から伝わっていた呉音はしぶとく今日まで生き残りました。仏教もそのひとつです。
 仏教は漢音が伝来する前の奈良朝以前から日本に伝わっていましたから、お経は呉音で読まれてきました。仏教関係の言葉はだいたい呉音で読むものになっています。たとえば、文殊(モンジュ)、殺生(セッショウ)、声明(ショウショウ)といった具合です。
 ところが、元号は朝廷の布令に反した読み方になっています。
 明治、大正、昭和、平成を漢音で読むと、メイチ、タイセイ、ショウカ、ヘイセイとなります。つまり、漢文は漢音で読むべしという布令を守っているのはヘイセイだけなのです。あとは、朝廷自らが呉・漢混合でやっています。
 私は大学に入学するまでは元号の使用が当然だと思っていました。昭和42年の入学ですから、大学のクラスは42L??17Dという表記になっていました。今では当然のことながら05入学という表記になっています。ちなみに、娘が今春入った大学では4年後に卒業する年をとって09と表記するとのことです。昭和が平成に変わってから、私は元号使用を基本的にやめました。とくに何年間していたかというのが問題になるときには、元号では計算できないという不便さがあるからです。
 天皇一代一元号というのは、たかだか明治以降のものでしかありません。それまでは一人の天皇がいくつもの元号をつかっていたのです。江戸の大火で有名な明和九年は「めいわく」と人々から呼ばれるようになって、元号が変えられたということです。これだけ国際化がすすんでいるのですから、仲間うちだけでしか通用しない馬鹿馬鹿しい制度は早く捨て去りたいものです。

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