弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年6月21日

市民の司法は実現したか

著者:土屋美明、出版社:花伝社
 共同通信の現役の記者が司法改革の全体像をあますところなく描いた画期的な労作です。460頁もある大部の本ですが、自分の書いた新聞の特集(連載)記事をもとにしていますから、重複はあるものの、大変読みやすい内容となっています。はっきり言って、日弁連で出した本よりも視点がスッキリしていて全体像をとらえやすい本です。
 著者は司法制度改革審議会の63回の審議をほとんど毎回モニターテレビを通して傍聴し、すべての検討会に顔を出し、推進本部の顧問会議は毎回傍聴したといいます。すごいことです。ですから、書かれた内容には臨場感があります。
 今回の司法改革について、著者は、当初の予想をはるかに超え、法科大学院の創設など司法の基盤そのものに変革を迫る大規模な具体的成果として結実したとみています。現段階では評価に値する実りをもたらしたのではないかというのが著者の考えです。これは私も同感です。本当に市民のためのものに結実させるか、これからの取り組みにもかかっていますが・・・。
 著者は、裁判員制度・刑事検討会と公的弁護制度検討会の委員をつとめられました。共同通信の現役記者(論説委員)として、ただ1人の委員でした。穏やかで誠実な人柄と高い能力・識見を評価されてのことだと思います。政府の都合のいいように取り込まれるだけだという批判を受けるのを承知で委員になるのを承諾したということです。私は、著者の果たした役割を高く評価しています。
 著者は弁護士(会)についても辛口の提言をくり返しています。
 これまでは少人数の貴族制社会で生きてきたかもしれないが、これからは多人数の大衆社会になる。だから、従来型の発想をしていたのでは社会の動きから取り残される。
 日弁連にしても、会長(任期2年)、副会長(同1年)ら執行部と事務局という態勢、そしてボランティア的な組織のままで、やっていけるのか。
 これまでと同じことを漫然とくり返していたら機能不全に陥ることは目に見えている。日弁連事務局を強化し、組織体制を整備するべきではないか。うーん、そうなんですよね。でも、あまりに事務局体制が強大なものになってしまったら、地方会の意見が十分に反映されるのだろうかという心配もあったりして、難しいところです。
 いまの司法試験は2004年に受験生4万3,367人で、合格したのは1,483人ですから、合格率は3.42%でした。私のときは受験生が2万人ちょっとで、合格者は500人でした(合格率は2%そこそこ)。
 法科大学院で教える弁護士は専任で360人。非常勤講師をふくめると600人にのぼります。
 いまは司法修習生は1人あたり年300万円ほどの給与が支給されています。これが、2010年11月から貸与制に切り替わります。著者はこの点について賛成のようですが、私は弁護士養成に国が税金を投入してもいいと考えます。医師だって自己負担で養成しているじゃないかという反論がありますが、むしろ私は医師養成も国費でやってよいと思うのです。要は、公益に奉仕する人材の育成と確保です。無駄な空港や港湾建設などの大型公共事業に莫大な税金を投入している現状を考えると、よほど意味のある税金のつかい方だと私は確信しています。
 法科大学院を終了しなくても新司法試験を受けられる予備試験が2011年から始まる。これによって、特急コースができてしまうのではないかと著者は心配しています。なるほど、予備試験は法科大学院終了と「同等」レベルのものとすることになっています。しかし、超優秀の人は、それも難なくパスしてしまうことでしょう。何百人もの法科大学院を経ないで新司法試験に合格して弁護士となる人がうまれるのは必至です。彼らには人生経験が不足しているといっても、そんなものはあとからついてくるといって迎え入れるところは大きいと思います。
 この予備試験を太いパイプとして残せという声は案外、弁護士のなかにも多いのです。とくに苦労した人に多いように思います。私は、それでいいのか疑問です。
 丙案というおかしな司法試験の制度がありました。成績順位が524番だった受験歴4年の人が落ち、1066番だった3年の人が合格したのです。2004年度から廃止になって良かったと思います。
 裁判官の高給とりは有名です。具体的には、官僚トップの各省庁の事務次官と同じ給料(月134万円)をもらっている裁判官が230人、検察官は60人いるのです。
 上ばかり見ているヒラメ裁判官が多いというのは誤解だ。組織のなかで、もっとも自由なのは裁判所だ。最高裁や高裁がどう思うかなんて、おおかたの裁判官は考えていない。
 このような藤田耕三元判事の意見が紹介されています。しかし、残念ながら、事実に反すると私は考えています。事実を見つめて自分の頭でしっかり考えるというより、先例を踏襲し、現状追認の無難な判決を書いて自己保身を図る裁判官があまりに多いように思うのです。
 2000年に全国の地裁で有罪判決を受けた外国人は、7,454人いて、そのうち法廷通訳人がついたケースも6,451人となっています。これは、10年前の4.4倍です。裁判所に登録されている法廷通訳人は50言語、3,656人となています。中国語1,574人、英語510人、韓国語369人、スペイン語261人、ポルトガル語134人、タイ語107人、フィリピン語94人、ペルシャ語63人、ベトナム語52人、フランス語51人の順です。
 ちなみに、著者は、ごく最近知ったのですが、私と同じ年に大学に入ったのでした。父親の病気のため生活保護を受けていた家庭から高校、大学へ通い、アルバイトをしながら授業料免除と奨学金で卒業したというのです。まさに頭が下がります。
 私の場合は、決して裕福とは言えませんでしたが、基本的に親の仕送りに頼っていました。もちろん家庭教師その他のアルバイトはしていたのですが、セツルメント活動に打ちこむだけの余裕はありました。
 それはともかく、司法改革とは何か、どのような議論がなされたのかを知る貴重な資料的価値のあるものとして、みなさんにぜひ一読されるよう、おすすめします。

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