弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年6月17日

私のかかげる小さな旗

著者:澤地久枝、出版社:講談社
 著者は旧満州(中国東北部)から16歳の多感な少女のときに日本へ引き揚げてきた。それまで1年あまりの難民生活も体験している。だから、戦争を憎む気持ちが人一倍強い。そして、あくまで人間を大切にするヒューマニストである。
 1947年、東京に出てきた。空襲の焼け跡がそのまま残っていた。いま最高裁のある場所には、米軍のカマボコ住宅が整然とならび、白とグリーンの仮設住宅が鮮烈に日に映えていた。日本人メイドの胸に抱かれた白人の子どもたちは丸々とよく太っていた。
 アメリカによるベトナム侵略戦争がたたかわれていたとき小田実と一緒にベ平連(「ベトナムに平和を!市民連合」)の活動をした。そして、いま「安保条約をやめて、日米平和友好条約を!」という市民運動をすすめている。
 著者は憲法9条2項の意義を訴えている。過去の戦争のほとんどが、自衛を大義名分としてたたかわれたものである。「自衛」という表現には、実は何の歯止めもない。すべての軍隊は、自国の平和、独立、安全を守り、自衛する建前で存在する。しかし、「自衛」は拡大解釈される。日米が第二次世界大戦を始めたときだって、だれも侵略戦争とは言わず、自存自衛のためのいくさと言っていた。
 戦後うまれの人には、憲法は空気のように感じられるかもしれない。しかし、戦争を放棄し、国の交戦権を否認した憲法によって日本はアメリカやロシアのような軍拡競争による国家財政破綻の危機をまぬがれ、一人の戦死者も出さず、他国のだれも殺傷しない戦後の半世紀を生きてきた。
 わたしは政治に絶望したり、グチを言うことはやめることにした。政治はわが手で、という考えに立っている。声をあげよう。 
 74歳の著者は今、「九条の会」の呼びかけ人の一人として、すべての日本人に呼びかけている。著者よりは二まわりほど若い私も、負けずに声をあげていくつもりだ。

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