弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年6月16日

住民が主人公を貫く町

著者:山田兼三、出版社:あけび書房
 私は山田町長の古くからのファンです。くたびれている同世代の男たちが多いなかで、いまも元気モリモリでがんばっていますから、畏敬の念を禁じえません。といっても、一度も会ったことはありません。前の「南光町奮闘記」を読んで、その謙虚・誠実な人柄と小さな町を町民が住んでよかったと思える町づくりをすすめる実行力に感嘆して以来、尊敬しています。
 残念ながらまだ行ったことはありませんが、いまや南光町はヒマワリの町として全国的にも有名です。なにしろ40ヘクタール、200万本のヒマワリが7月から8月にかけて、ずっと咲き続けるというのです。いつか、ぜひ見に行きたいと思っています。
 山田町長が誕生したのは25年前。1980年10月のことです。当時32歳のよそ者の青年です。そんな人がいきなり立候補して当選できるはずがありません。もちろん、本人も当選するなんて夢にも思っていません。立候補しただけで使命は果たした。そんな思いから気楽に選挙戦をすすめていたそうです。ところが、案に相違して当選してしまいました。真っ青になったそうです。それほど同和問題で荒れた町だったのです。
 当選した山田町長に寄せられた町民の要望は、「暴力・暴言を許さない宣言の町・南光町」の看板をはずしてほしいということでした。いかにも暴力・暴言がはびこっている町と受けとられて恥ずかしいというのです。さっそく看板は塗りかえられ、「花と小鳥の町・南光町」そして今は「ひまわりの郷・南光町」になっています。
 ヒマワリの花は私の家の庭にも植えています。大輪の花だと、咲いているのは10日間ほどでしかありません。わが家のヒマワリは小ぶりの花を次々に咲かせるものです。でも、大輪の花の方が何万本と植えたときには見映えがよいのです。そこで南光町では、8ヘクタールのヒマワリ団地をいくつもつくり、種をまく時期を順次ずらし、見物人を7月上旬から8月中旬までずっと魅きつける工夫をしています。稲作をする田んぼを、集落が話し合ってヒマワリ栽培の団地として提供するわけです。オレんところは今年は稲をつくるなんて誰かが言い出したら、みっともありません。集落内の十分な話し合いが不可欠です。そのおかげで、多い日には観光バスが80台、600台収容の駐車場が満杯になるそうです。年間15万人の観光客が5千人足らずの町民人口の町に押し寄せるのですから、たいしたものです。
 南光町では子ども歌舞伎も復活させました。小学生があこがれて子ども歌舞伎クラブに次々に加入しているそうです。地域の伝統文化を守り育てているのに感心します。
 山田町長の偉いところは、何事も町長を先頭に取り組んでいるところです。たとえば、町が工事を発注するときには、入札の直前に町長室で関係職員を集めて入札金額を決め、その場で町長自身が金額を書きこみ、その足で入札会場にのぞむというのです。おかげで贈収賄事件は山田町長の24年間に一度も起きていません。
 山田町長は議会に対して事前の根まわしを一切しません。議会の審議は質問時間の制限が一切ありません。ボス議員を特別扱いすることもなく、すべて全議員を対象として話をすすめるのです。その結果、ときに議案が否決されることもあります。しかし、山田町長は、それはそれでよいことと割り切っています。町長と議会は一定の緊張関係が必要なのです。なかなかできることではありませんよね。私はつくづくその政治姿勢に感心します。
 山田町長は共産党の町長ですが、宮内庁から秋の園遊会に招待されて、紋付袴姿で奥さんとともに出席しました。モーニング姿の出席者が多いなかでとても目立ち、天皇や皇后をはじめ皇族から相次いで声をかけられたそうです。世の中、本当に変わりました。
 そんな山田町長も、この10月で南光町が消滅しますので、任期満了となります。町民のためのきめ細かな施策をやれる小さな町や村をつぶしてしまう平成の市町村大合併って本当に住民のために良いことなのか、私には大いに疑問です。

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