弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年2月21日

若杉裁判長

著者:菊池 寛、出版社:文芸春秋新社
 図書館から菊池寛文学全集を借りて読みました。かなり古い小説です。なぜ今ごろ読んだかというと、先ごろ夏樹静子さんの講演を聴く機会があったのですが、そのなかで紹介されたからです。
 夏樹さんは『量刑』という推理小説を書いています。裁判長の家庭生活にもふれたストーリーです。裁判長の娘が誘拐され、判決について脅迫されるという舞台設定なのです。裁判官や弁護士に取材した苦労話が語られました。そのなかで、大勢のベテラン裁判官の前で、「裁判官の世間知らず」を問題とされました。多くのベテラン裁判官は「世間知らず」という言葉にひどく反撥します。たくさんの事件を扱うなかで、世の中を表も裏からも自分たちほど知っているものはいないという強い自負があります。むしろ、弁護士の方こそ世間知らずじゃないかと口角泡をとばす勢いで反論の弁を滔々と述べたてるのが常です。たしかに、弁護士がどれだけ世間を知っていると言えるのか。いつのまにか弁護士生活30年を過ぎた私も、世間のことは本当にまだまだよく分かっていないな。そう思うことがしばしばです。でも、裁判官は、自分たちが思っているほどには世間を知らないのではないか。私はつくづくそう思います。
 ところで、若杉裁判長は執行猶予をよくつけるというので名裁判長という評判が高い裁判官でした。しかし、ある晩、自宅に泥棒に入られて、すっかり考えが変わりました。法廷に立たされた被告人は、どれもかしこまった、ペコペコ頭を下げ、神妙に縮みあがっている男ばかりだった。ところが、目の前の泥棒は、そんなおとなしい人間ではなく、見つけたからには居直ってやろうという肚をありありと見せている。赤裸々な人間同志の力づくの関係しかそこにはなかった。若杉裁判長は全身を押し詰まされるような名状しがたい不快な圧迫を感じた。若杉裁判長は、それからは世間が当然に執行猶予がつくと思っていた事件でも、実刑判決を下すようになった。
 うーん、なんだか、まさに絵にかいたようなドラスチックな展開です。
 私は、このごろ、若い裁判官に対する不満よりも、高裁レベルのベテラン裁判官に対して強い不満を抱いています。いかにもことなかれ、現状(行政)追従・追認のやる気のない審理態度と判決が多すぎる気がしてなりません。若い裁判官が重箱の隅をつつくような質問をするのは、まだ許せます。やる気が感じられるからです。でも、無気力な現状追認と自己保身しか考えていないような裁判官にはどんどんやめてもらいたいのです。
 このところ年間に6人ほどの裁判官が10年目の再任を拒否されていますが、私はとても良いことだと考えています。裁判官の評価アンケートを弁護士会で実施しています。福岡では会員の4分の1ほどの回答がありますが、C(悪い)評価の裁判官も少なくはありません。そんな人は裁判官に向かないのです。さっさと国民のために辞めてもらいたいものです。

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