弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2004年11月15日

裁判員制度と国民の司法参加

著者:鯰越溢弘、出版社:現代人文社
 裁判員制度は既に法律が制定され、5年後に施行されることになっているのに、弁護士のなかには、まだ非難するばかりの人が少なくない。被疑者・被告人の人権保障の充実こそが裁判員制度の目標であるべきだという人も多い。
 しかし、私は、裁判員制度は国民の司法参加の一形態であって、陪審員制度の実現にまでは今回いたらなかったが、必ず陪審員制度を実現するためにも、裁判員制度を成功させて制度としての定着を図る必要があると考えている。そして、その不十分な点を改善するなかで、陪審員制度へ一歩一歩近づけていかなければならない。
 ところで、裁判員制度については、裁判官による裁判を受けられなくなるので憲法違反という声があった。この本を読んでその疑問が解消した。
 日本国憲法32条や37条の「裁判所」の英原文はcourtではなく、tribunelである。courtは、裁判官で構成された通常の裁判所を意味し、tribunelは司法ないし準司法的な機能を果たす機関を意味し、広い意味では通常の裁判所も含む。tribunelの普遍的な特徴は、主催者は法曹資格を有していても、その大半または全員が素人によって構成されていることである。したがって、憲法32、37条の裁判所は、裁判官のみで構成される通常裁判所ではなく、素人を構成員として含む陪審員裁判所を意味している。そもそも歴史的に言うと、陪審員制度は市民の自由を守るための裁判制度として創出されたわけではなく、むしろイギリス国王が行政執行のために必要とする情報を収集するための便宜として使われていたものである。しかし、その後、絶対王政に抵抗した政治犯を無罪とする評決を通じて、陪審裁判が自由の砦として認識されるに至ったものである。うーん、そうだったのか・・・。
 陪審制度は、普通選挙と並んで、司法制度における国民主権の象徴的表現である。民主主義的な憲法体制においては、市民が直接に裁判に関与する陪審制度が望ましい。陪審制は、何よりも政治制度なのである。私も、著者と同じく、裁判員制度が陪審制実現への一里塚になることを心から願っている。

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