弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2004年4月 1日

女帝推古と聖徳太子

著者:中村修也、出版社:光文社新書
 聖徳太子は実在しなかったのではないかという有力説があります。この本は、なぜ聖徳太子が天皇にならなかったのか、それを考えています。厩戸皇子は19歳になっていたので、若すぎて大王になれないということではなかった。しかし、額田部王女の方が即位した。額田部王女こそが日本史上初の女帝で、その即位の理由は、我が子ないし我が孫に大王(天皇)位を譲らさんがためであった。厩戸皇子には蘇我馬子がバックアップしている。だから我が子竹田王子が大王になる可能性は低い。そこで、額田部王女は、自分が大王となって、自分から息子(竹田王子)へ譲位した方がスムースにことが運ぶと考えた。厩戸王子が額田部の摂政になった可能性は低い。本当に厩戸王子を信頼しているのなら、いつまでも王位を譲らないのはおかしい。
 厩戸王子さえその気になれば、大王になるのにそれほど困難はなかったはず。それをしなかったのは、厩戸には近親者同士での権力争いを避けようという気持ちがあったからだ。
 和をもって尊しとなすという言葉は、その当時の日本で、いかに争いごと(戦争と裁判)が多かったかという事実を反映しています。古代の日本人が事なかれ主義で生きていたわけではないのです。そこを現代日本人の多くが誤解しているように思います。

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