弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年7月 8日

ハーレム・チルドレンズ・ゾーンの挑戦

アメリカ


(霧山昴)
著者 ポール・タフ 、 出版 みすず書房

いとこも、おじも、父親も、みんな刑務所に入ってるようなコミュニティで育つ子どもは、刑務所に行くなんてたいしたことじゃない、そう思って育つだろう。出会った大人がみんな刑務所に行ったことがあるようなら、大勢に子どもを失うことになる。子どもたちはそんな大人を尊敬し、いとも同じ環境に吸いこまれてしまう。
反対し、もし大学に入った子どもが何百人もいたら、少なくともハーレム地区で貧困のうちに大人になるのとは違う見通しが得られる。
このプログラムの目標は、子どもの学力をトップレベルまで引き上げることではなく、10代の若者をほどほどの成功へと誘導すること。つまり、犯罪から遠ざけ、何かを達成させ、高等教育のプログラムを受けさせること。
この本は、ハーレムに住む子どもたちを全体として大学に行けるようにすることを目指す苦難の取り組みを紹介しています。こうやって成功しました、という単純なストーリーではありませんが、着実に成果は上がっているようです。大学に入った子どもが150人いたとか284人もいたという数字も紹介されているのです。刑務所に行ったり、途中で殺されたりするより、大学に入ることは、よほどましなことですし、次に続く子どもたちに良き手本となるに違いありません。
でも、このプロジェクトのためには人材とお金が必要です。幸い、アメリカは懐(ふところ)が深い人がいて、投資家などの大金持ちが相応の寄付をしてくれるようです。でも、そのためには当然のことですが目に見える成果もあげないければいけません。
そのとき、出来る子どもをさらに伸ばすというのは容易でしょうが、成績が底辺にあって、親の協力も難しい子どもたちを全体として底上げするというのは、それを聞いただけでもきわめて困難な課題だということがよく分かります。でも、そこに果敢に挑戦していくのです。
アメリカにも、こんな人々がたくさんいて、だからこそオバマ大統領は誕生したんだな、サンダースもがんばれたんだな、そう思わせる取り組みです。
アメリカの主流である中産階級の一員として、立派に社会的役割を果たせる大人に成長してほしい。そのためには、思春期を生き延びて高校を卒業し、大学に入学して、きちんと卒業する。このためには何をなすべきなのか...。
支援プログラムへの参加率が10%くらいだと、参加者が近隣住民に与える影響はほとんどない。ところが、参加率が60%になると、プログラムに参加するのがあたりまえになり、同時に周囲の価値観も変わってくる。
ハーレムの一区画に3000人の子どもが暮らしていて、その60%は貧困ラインより下の生活水準で、4分の3は読解力と算数の試験でいつも全国平均下まわっていた。
アメリカの刑務所を運営している人物は、3年生に注目している。毎年、3年生の試験の成績をみて、20年後にどれだけの監房が必要になるのかを予測する。
この話は、ほかの本でも同じことを読みましたので、本当だと思います。小学校の成績(勉強の到達度)が大人になってからの犯罪者数を予測できるなんて、実に恐ろしいことです。
マンハッタンで暮らす、5歳未満の子どものいる白人家庭の平均年収は28万4千ドル。ところが、同じ条件の黒人家庭の平均年収は3万1千ドル。これでは、とても子どもたちは同じスタート地点に立っているとは思えない。
ハーレムの若者の平均寿命はバングラデシュの若者の平均寿命より短い(1990年)。
ハーレム地区の殺人による死亡率は、ニューヨーク市全体の14倍。
1991年、銃撃による死亡はアメリカの15歳から19歳までの黒人男性の死因の第一位で、全死亡者数の半数。ハーレムでは銃と麻薬が問題だ。
プログラムの一環として、日常生活のあらゆる場面で子どもにたくさん話しかけることを親たちに促した。
勤勉と品行方正の二つを子どもたちに守らせる。そのため親と生徒に契約書にサインさせる。できなければ退学。こんな方法もありますが、この本では、そうではない手法で進めようとしています。当然、大変な困難にぶつかります。
「腐ったリンゴ」を排除していくやり方は本当に正しいのか、それで当の本人も、周囲の子どもたちも救われるのか、果たして解決になるのか...、難しいところですよね。
里親に養育されている子ども、離婚した両親が親権を争っている子ども、兄弟が刑務所にいる子ども、夜眠るにも静かな場所のない子ども、怒りを抱えていたり、抑圧されていたり、ただ悲しみに暮れている子ども、いろんな子どもがいる。
子どものころ言葉のシャワーを浴びることが脳の発達にいかに強烈な影響を与えることか...。子どもが印刷された単語を読む能力のレベルは親の収入のレベルとほぼ一致する。
幼少期に読解が得意だった子どもは、長じてすばらしい読みになる。
アメリカはニューヨークのハーレム地区における素晴らしい教育実践のレポートです。
私は、この本を読んで、アメリカもまだまだ捨てたもんじゃないと思いました。少し高価ですので、ぜひ図書館に注文して借りて読んでみてください。
(2020年5月刊。4500円+税)

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