弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年5月 3日

松本清張が『砂の器』を書くまで

人間


(霧山昴)
著者 山本 幸正 、 出版 早稲田大学出版部

あまり本を読まない、小説を読まない人でも、日本人なら松本清張の名前を知らない人は、まずいないと思います。
松本清張は1960年ころが最盛期だったのでしょうか。平均で毎月11本もの作品を発表していたのです。驚くべき作家です。
この多作を支えていたのは、松本清張が口述筆記をしていたからで、専属の速記者がいまいした。そして、松本清張は、文語体で話していたのです。これまたすごいことです。
朝9時から仕事にかかり、夜の11時にはどんなことがあっても終わりにした。徹夜は絶対にしない。午後4時ころ、30分間は必ずお昼寝した。
1日に20枚から25枚の原稿を書く。1日10時間、1時間に2枚の割合だ。
週刊誌4本、月刊誌5本の連載をかかえていた。
松本清張は地方紙、ブロック紙、全国紙の夕刊そして朝刊というように一歩一歩ステップアップしていった。
『砂の器』は、その前の1960年5月から翌年4月まで新聞小説として読売新聞の夕刊に連載された。
そして、この『砂の器』は、ミリオン・セラーといっても436万部もの超ベストセラーだ。2位が『点と線』206万部、3位が『わるいやつら』228万部、そして4位は『ゼロの焦点』215万部となっている。
松本清張の作品は今なお、繰り返しテレビでリメイクされて放映されている。今もやってますね。なので、松本清張は、まぎれもなく現役の作家なのである。2019年3月、フジテレビは『新・砂の器』を放映した。死してなお、松本清張はますます健在である。
新聞小説は特殊な小説だ。400字詰め原稿用紙3枚半の原稿を毎日掲載し続ける。読者の興味をつなぐ工夫が必要とされる。新聞小説は、小説を読むことを第一には考えていない購読者を満足させなければならない。こった表現は避け、会話をできるだけ多くして、紙面を文字で覆い尽くさないように心がける。
新聞小説は、読者という他者を、否応なく書き手に意識させてしまう特殊なジャンルの小説なのだ。読者を退屈させないために、筋も境遇も人物も、みんな創作しようとする姿勢は、まさしく松本清張のものだ。
野村芳太郎監督の映画『砂の器』は、橋本忍と山田洋次が脚本を担当している。そして、『砂の器』は、この映画のあとは、すべて原作ではなく、この映画を規範としている。
映画の感動をもとに原作を読むと、「あまりのつまらなさに愕然とする」と酷評する評論家すら存在する。ええっ、そ、それは、いくらなんでも言い過ぎでしょう...。
本書は早稲田大学の博士論文を出版したものですから、やや学術論文としてくどい(難しい)ところもありますが、松本清張が『砂の器』を書くに至った前後を深く掘り下げたものとして、関心のある人には一読をおすすめします。
私はコロナ問題で仕事が暇になったので、喫茶店にこもって半日で読みあげました。
(2020年3月刊。4000円+税)

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