弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年5月26日

ベルリン1993(上)

ドイツ


(霧山昴)
著者 クラウス・コルドン 、 出版 岩波少年文庫

ヒトラーが政権を握るまでのベルリンの労働者街の日々が描かれた小説です。主人公は、もうすぐ15歳になる14歳の少年。姉と屋根裏部屋で生活しています。
父親は元共産党員として活動していたが党と意見が合わなくなって脱党。兄は共産党員として活動している。一緒に生活している姉は、なんとナチ党の突撃隊員と婚約し、それを合理化する。怒った父と兄は、もう姉とは絶好だと宣言する。
では、なぜ姉はヒトラーのナチスに惹かれるのか...。
「社会民主党は口先ばかりだし、共産党は世界革命だとか、全人類の幸福だとか、できっこないご託(たく)を並べているばかり。私の望んでいるのは、そんな大きな幸福じゃなくて、個人のささやかな幸福なの...」
「きのう、共産党を選んだ600万人のほうが、ナチ党を選んだ1400万人より賢いって、どうして言えるのよ」
「あたしたちは、馬車に便乗して、すいすい行くことにしたの。乗らなければ、置いてけぼりをくうわ」
ドイツ共産党の党員の多くは知識階級を好まない。労働運動に真剣に取り組むのは労働者だけ、知識階級は偏向しやすいと考えている。
共産党だって世の中の不正に反対している。ただ、やり方を間違えている。ドイツの良心を忘れ、モスクワの言いなりになっている。
姉の婚約者は次のように言う。
「ヒトラーは、経済を立て直す方法を知っているんだ。国会議員は、おしゃべりばかりだ。しゃべるだけでしゃべって、なんの行動もとらない。民主主義なんて、役に立つものが今は強い男が必要なんだ。
おれたちは世の中を変えたいんだ。平和とパンが望み。そして、みんなが仕事をもてること。これを、ヒトラーは約束している。突撃隊のホームに行けば、毎日、スープが飲めるんだ。ここは、ちゃんと話しかけてくれるし、話も聞いてくれる。ヒトラーが政権につきさえすれば、みんな仕事がもらえるんだ...」
主人公はヒトラーの『我が闘争』を読んだ。退屈な本だった。ヒトラーの言葉は、ふやけていて、おおげさだ。読み通すのに苦労した。
ヒトラーは、いざとなればフランスと戦争するつもりだ。そして、ユダヤ人を排斥しようとしている。どちらも信じられないことで、あまりにリスクを伴う...。
この本ではナチ党の脅威を前にして、なぜ共産党と社民党が統一行動をとらなかった、とれなかったかの事情を明らかにしています。
要するに、共産党は社民党について、真っ先に打倒すべきものとしている。社民党は、今の国家体制を維持したがっている。共産党は転覆させたがっている。この両党には、長い歴史がある。政治的対立というのは、ウサギをオオカミに変えてしまうもの。
ナチ党の突撃隊員は主人公の職場にもいて、「ハイル・ヒトラー」の敬礼を唱えないと、ボコボコにされてしまいます。工場内では孤立無援になるかと心配していると、助っ人も登場します。
街頭でも職場でも、むき出しの暴力が横行しています。ナチス突撃隊の集団的暴力に対抗して、共産党の側も暴力で立ち向かうのですが、警察はナチスの側につきますし、共産党の側は不利になるばかりです。
むき出しの暴力に暴力で対抗しても、本質的な解決にはならないことを、私は東大闘争の過程で全共闘の「敵は殺せ」の暴力を目のあたりにして、身をもって考え、体験させられました。
そして、当時のドイツ共産党については、スターリンの狡猾なヒトラー接近策のなかで踊らされてしまったという側面は大きかったと思います。
「少年文庫」ではなく、大人向けレベルの本です。
(2020年4月刊。1200円+税)

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