弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年4月22日

5人の子をもつ「泣き虫先生」が議員になった

人間


(霧山昴)
著者 大脇 和代 、 出版 ウィンかもがわ

読んで、ホッコリ、じわんと心の温まる本です。著者は私より少しだけ年長の団塊世代で、29年間の中学校の教員生活(教科は国語)のあと、姫路市議会議員(共産党)として4期16年つとめ、病気(パーキンソン病)のため引退し、これまでを振り返ったのが本書です。アメリカに住む長女宅にしばらくいて本書を書き上げたとのこと。お疲れさまでした。
もちろん市議会議員としての議会報告をふくめた取り組みも面白いのですが、私が何より心を打たれたのは中学校で教えていたときの担任としての取り組み、教え子たちと体を張っての教育実践レポートです。若さで、真剣に子どもたちにぶつかっていった様子がまざまざと想像できて、ついつい涙がこぼれそうになってしまいました。
著者は、大阪での大学生活のときには親の言いつけどおり、政治的な活動からはまったく遠ざかっていて、ノンポリ学生で通していたのでした。ところが、中学校の教員となってから、同僚に誘われ共産党に入りましたが、ともかく教員生活と5人の子育てに明け暮れていました。
中学3年生を初めて担任として受けもち、張り切って教室にのぞむと、みんなが選んだ委員長Y君は、「ぼくと先生は水と油や。3年なんて受験だけや、ややこしいことはしたくない」と堂々とみんなの前で宣言した。著者のふくらんだ風船はパチンと破られた。
それでも毎日毎日、全力投球。お昼は弁当を出席順に個人面談と称して一緒に食べながら話す。生徒の誕生日には寄せ書き。清掃も、生徒とともに雑巾かけ。夏休みには山のぼり。応援合戦。そして秋の文化祭の合唱コンクールでは、生徒から「4時半からの早期練習」が提案され、必死の思いで早過ぎると止めに入った。「そんなことしたらクビになるかもしれない」と言うと、「そのときは、ぼくらが教育委員会に嘆願書を出す...」。それでも必死の説得で、なんとか1時間だけ繰り下げることになり、当日、本当に全員が集合し、合唱コンクールでは見事に優勝した。
いやはや、なんという素晴らしさ。中学生たちも、やるものですね。しかも、そのなかで、二人いた不登校の女子生徒たちも学校に出てきたのでした。
 生徒の感想文...。大脇先生は何でも「やりたがり」だから2組の生徒が大めいわく。それでも、なんてたのしいクラス。すばらしい仲間、すばらしくおかしい先生。みんなから愛されていた先生。先生と2組、いつもいつも、いっしょだった。
 この表現力のすばらしさにも私は心が震えました。
 もう一つ。3年B組の話です。
 「ワイはワルやで。修学旅行もこの格好で行かしてもらうさかい」
 S君は、ラッパズボンに、短い学ラン姿。修学旅行の前、S君は、「ワイはこれが似合うんや。みんなも言うとる」と言い、みんなの意見を聞こうと提案した。 S君が「男のことは男しか分からんから、女は出してくれ」と言うと、女子たちは皆、教室を出ていった。そして、男子全員はS君の言いなり。著者は涙があふれ、教室を飛び出し、女子のいる図書室へ。話を聞いた女子が「泣かんとき、わたしらSに言うたる」と走って出ていった。そして翌日、S君は、次の日、普通の制服で登校した。修学旅行も普通に近い服で参加した。
これだけ生徒と格闘しようとする大人の女性を見たら、中学生の女の子たちも心を固めたのでしょう。すると、その迫力に男の子なんてタジタジになったに違いありません。
 さらに、著者がすばらしいのは、この感動あふれる実践を歌詩にまで昇華させたことです。「生命(いのち。生徒)輝け」という歌になっています。
 「先生、助けて、試験がこわい 勉強しても 分からへん 落ちたら どうしたらええんやろ わたし 必死で頑張ってるけど みんな 頑張ったら おんなじや 
聞いてほしい 先生の思い あなたに会えて知った 揺れる心と 溢れるエネルギー 先生は あなたが 好き 誰も みんな 悩んでいるのは 自分が分かるまで とても苦しい 求め続けよう みんなと一緒に」
 中学2年生の生徒の作文...「大脇先生は、とても熱心で、感情豊かな先生ですね。先生が自分がすぐ泣いてしまうのを悩んでいますが、それは先生の心が美しく純粋な証拠だと思います。だから別に悩む必要はありません」
 中学2年生の男の子にこのように教師が慰められるなんて、夢のような話ですよね。
 これを読んで、私も、生意気盛りの中学生のとき、新任の女教師をクラスみんなでいじめて泣かせたこと、また、年輩の男性教師の授業ボイコットを扇動したあげく、職員室に謝罪に行ったことを思い出しました。中学生のときは生徒会の役員もしていたりはしたのですが、先生を泣かせたり、授業ボイコットなんかも率先してやっていたのです。そんなことをしていただなんて、自分でも信じられませんが、思い出しました。
 もう一つ。私が今もこうやって文章を書き続けてモノカキと自称しているのは、中学2年生の担任(今岡先生というベテランの女性教師)が、私の詩を読んで「あら、あなた、文章うまいのね。才能あるわね」とほめてくれたことによります。そうか、自分も作文かけるんだと自信がもてたのです。教師の一言がとてつもない大きな影響力があるものなのです。今でも今岡先生には心から感謝しています(といっても、申し訳ないことに、面と向かって感謝したことは一度もありません)。
 さて、4期16年の議員生活です。議会報告を出し、気がついたことを議会に問題提起すること。この二つを愚直なまでにやってきたことがよく分かります。本当にお疲れさまというほかありません。
 著者とともに歩んできた配偶者を亡くされても、5人の子どもさんたちが立派に成長されているようですので、今後とも引き続き、健康に留意されての無理なきご活躍を期待します。
 楽しい本(堂々500頁もあります)をまとめていただいたことに心から感謝します。
(2020年3月刊。1500円+税)

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