弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年11月27日

運命

韓国


(霧山昴)
著者 文在寅 、 出版  岩波書店

韓国の文在寅大統領の自伝です。その迫力にただただ圧倒されました。
日本にも、これだけの信念と行動力のある人権派弁護士であり革新的政治家であるという人物があらわれることを心から切望します。
北朝鮮の金正恩委員長との会談も素晴らしい成果をあげました。ああ、これで朝鮮半島に本当の平和が定着する、戦争の危機は遠のいた、そう思って胸をなでおろし、熱くなるものを感じました。
文大統領が数万人の平壌市民に語りかけた演説を読んだとき、心を打たれました。北朝鮮の人々のプライドを傷つけることのないように十分に配慮した格調の高い内容でした。本当にすごい人です。
この本は、まだ文在寅が韓国大統領になる前に(2011年6月)出版されました。虚武鉉(ノムヒョン)大統領の不幸な自死事件(2009年5月)からそれほどたっていませんでした。
文在寅は弁護士です。司法研修院の成績は「次席」だったというのです。トップではなくて、2番目だったということなのでしょう。ですから、1982年8月に研修を終わったとき、破格の報酬、車を買い与える、3年たったらアメリカのロースクール留学という好条件で大きな法律事務所から誘われたのです。しかし、それを蹴って、釜山で、ごく普通の弁護士として開業することにしました。
当時の韓国の弁護士は、個人営業が一般的で、複数の弁護士が同じ事務所で協業するのはよくないという固定観念があった。それほどではありませんが、日本も似たようなところがかつてはありました。
盧武鉉弁護士は6年も先輩にあたります。そして、盧武鉉弁護士は「クリーンな弁護士」を目ざしたものの、いざやってみると思っていたほど簡単ではないと告白した。
業界の慣行があったのです。紹介者へ20%ほどのコミッション(紹介料)を支払うというもの。裁判所、検察庁、刑務所の職員、警察官が弁護士に依頼者を紹介すると、20%ほどの紹介料をもらっていた。銀行や企業の法務部も同じように、弁護士に外注してコミッションを懐(ふところ)に入れていた。これは、今では弁護士法で禁止されている。
そして、判事や検事の接待も慣行でやられていた。最後の裁判を担当した弁護士たちが、その日の法廷に出てきた判事たち全員をまとめて接待する慣行もあった。裁判所の周辺には、そのときに利用する高級料亭(「座布団屋」と呼ばれていた)が何軒かあった。
私も30年以上も前に、韓国の弁護士って、裁判官を接待するのが当たり前なんだよと聞いて、びっくりたまげました。
当時の釜山の弁護士は全部で100人、しかも法廷に立つ弁護士は50人以下だった。
文在寅は、はじめから人権弁護士になろうと決めていたのではない。ただ、大学生たちの学生運動が息を吹き返し、労働者が勤労基準法の尊守を要求したり、集団解雇されて飛び込んできたとき、目を背けることなく、彼らの言葉に共感して熱心に弁護した。
すると、他に引き受け手となる弁護士がいないので、いちど依頼を引き受けると、洪水のように押し寄せてきた。
時局事件や民主化運動に関わるなかで、文在寅たちは二つのことに神経をつかった。
一つは、自分たち自身がクリーンであり続けること。紹介料をやめ、財務状況にも徹底的に確認して税務申告した。私生活も、できるだけ謹厳実直であろうと努力した。
盧弁護士は、食事も酒も高級なものを避け、好きなヨットもやめた。文在寅はゴルフをしない。洋酒やワインではなく、焼酎やマッコリを飲む。二次会には行かず、爆弾酒の一気飲みもしない。
二番目に、法廷の内外で刑事訴訟法の規定を捜査機関に対して徹底的に守らせるように努力した。被告人を立たせたまま審理する。被告人に手錠をかけたまま裁判をすすめる。被告人席の両側に刑務官たちが座る。傍聴席には私服の警察官たちが大勢いる。こんな慣行をやめさせた。
1980年に光州民主化抗争があった。さらに、1987年6月の六月抗争は市民の力で軍事独裁政権を倒した偉大な市民民主抗争だった。
盧弁護士が逮捕・起訴されたとき、その弁護団には釜山弁護士会のほとんどの弁護士が駆けつけた。この状況は韓国映画『弁護人』に活写されています。見ていないという人は、DVDを買って(借りて)見て(読んで)ください。
文在寅は、徴兵制のために入隊し、陸軍特殊戦司令部の第1空挺特戦旅団第三大隊に配属された。パラシュート降下、野営訓練などを経験し、上等兵となり、陸軍兵長になった。
そして、司法試験に合格するのです。そして、二次試験の合格発表をデモに参加してつかまった留置場で知らされました。合格者141人のなかにすべりこんだのです。たいしたものです。
司法研修院のときは判事を目ざしていました。ところが、デモ参加の前歴のため、道を閉ざされたのです。
盧武鉉大統領の失敗を文在寅は生かしていると思いますが、アメリカ軍との対応など、なかなか難しい課題があり、進歩勢力があまりに性急な要求をつきつけたことを反省すべきではないかと指摘しています。
たしかに権力を握ったとき、それを維持するため、一定の妥協は必要なのだと思いますが、それが「裏切り」ではないということとの境界線は実際にはとても難しいところだろうと推測します。
いま、読んで最高に元気の出る本の一つとして強く一読をおすすめします。
(2018年10月刊。2700円+税)

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