弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年7月23日

脳は回復する

人間

(霧山昴)
著者 鈴木 大介 、 出版  新潮新書

脳梗塞で倒れた人が、徐々に以前のような状態に戻っていく過程で起きた驚くべき出来事が描かれています。
脳にとっては、言語もその他の音も匂いも光も、すべては「情報」なのだ。
人が人ごみのなかで他人に当たらずに歩くというのは、それだけでも脳内で非常に高度な情報処理が求められる行動だ。互いに少し歩く方向をずらして当らないようにしているし、歩む速度を緩めずに、即座に相手の身体全体の動きや目線を読んで、瞬時に、自らのルートを選択している。
ところが、著者は情報の奔流の中から、必要なもののみをピックアップすることができず、すべての情報を受け入れて、結局、すべての情報を処理できない。結果として、何もできなくなって、苦痛だけが膨れ上がっていく。
高性能耳栓で不快な音をカットし、サングラスで不要な光という情報もシャット。キャップ(帽子)はうつむくだけで、強すぎる光や見る必要のないものを視野から排除してくれる。
出かける前には、財布、ケータイ、キャップ、耳栓、サングラス、そしてメモ帳。指差し確認よし。これでようやく出かけることができます。
脳梗塞を起こすと、性格や僕という人物が変わってしまったのではなく、病前の僕と同じようなパーソナリティでいるための「僕自身のコントロール」が失われてしまった。自分で自分が変だと分かっていながら、「変でない自分」であることができないのだ。
相槌とは、きちんとした言葉を発さずとも、自分の意思を伝えることのできる、超便利なツールである。会話と言う言葉のキャッチボールをするうえで、相手のボールを受けとりましたよ、という意思表示や、「こちらが、そろそろボールを投げ返しますよ」であるとか、「投げ返すボールの方向や強さは、こんな感じですよ」なんてことまで伝えられる、万能なツールである。
伴走者は、本人のつらさを全面的に肯定してやってほしい。まちがっても、次のようなコトバを投げかけないでほしい。
「みんな、そんなものだよ」
「つらいのはキミだけじゃないよ」
「それは病気なの?」
「その程度の障害で良かったね」
「いつまでも病気に甘えないで、がんばろうよ」
「なんでも障害のせいにするな」
これらは、どれもこれも、残酷な、全否定と拒絶と攻撃のコトバだ。
脳梗塞、脳卒中になっても、脳は機能回復するのですね。この本が、いわば、その証明です。その人が苦しいって言ってたら、苦しいんです。この前提でつくられた社会は、最終的には、誰にとっても生きやすく、誰にとってもローリスクな社会になる。
なーるほど、そういうことなんですね。すべて、明日は我が身に起きることなのです。
(2018年2月刊。820円+税)

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