弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年1月29日

哲学の誕生

人間

著者 納富 信留 、 出版 ちくま学芸文庫

 ソクラテスとは何者か、というサブタイトルのついた文庫本です。ソクラテスというのは、自分では何ひとつ書き残していない哲学者なんですね。知りませんでした。
 ソクラテスが哲学者であったのではない。ソクラテスの死後、その生を「哲学者」として誕生させたのは、ソクラテスをめぐる人々だった。
 ソクラテスは、告発されて不敬神の罪で法廷に引き出され、アテネの民衆は有罪、次いで死刑の判決を受けた。
 その罪状は二つ。一はポリスの伴ずる神々を信ぜず、別の新奇な神霊のようなものを導入するという不正を犯している。二は、若者を堕落させるという不正を犯している。
 では、ソクラテスは、これに対して何と弁明したのか、、、。ソクラテスは、自身も石工であった。ええっ、そ、そうなんですか、、、。初めて知りました。
 プラトンは、ソクラテスの死後、ソクラテスを主たる登場人物とする「対話篇」を執筆した。この対話篇では、ソクラテスがいろんな人と対話するが、プラントン自身は登場してこない。
 生涯を通じて人々と言葉をかわし、人々に問いを投げかけたソクラテスは、自身では何ひとつ書き残すことはなかった。ソクラテスは、その死とともにこの世界から立ち去り、ただ人々の魂の記憶においてだけ存在し続けた。
 ソクラテスは学校や学派をつくっていない。常に街角で、さまざまな人々と対話するだけだった。
 プラントンは、愛しの弟子の一人でしかなく、ソクラテスの死のとき28歳の若者であり、ソクラテスの唯一の後継者とはみなされていなかった。
 ソクラテスは貧乏と変行で知られていた。
 ソクラテスという一変人に向けられた裁判は、アテネ社会の影を背負っている。裁判は思いがけず大差の死刑判決で終った。ソクラテスは、自身をもって、自らが「もっとも知恵ある者」と語り、裁判員たちの騒擾と憤激をひき起こした。
 「釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの4人を世界の四聖と呼ぶ」。和辻哲郎の書にある。
ソクラテスは貧乏ではあったが体格は頑丈で、やせたとは言い難い。
出来事のすぐあとでなければ「記憶」が新鮮を失うといった想定は、現実の重みを無視した、あまりに素朴な理屈にすぎない。「記憶」は時の経過を必要とする。言葉にして示すことで人々は出来事を整理し衝撃をやわらげて自分の経験として理解する。そして、それそこ「真実」として一人ひとりの心の中に言葉として結晶していく。
 大いに考えさせられた文庫本でした。
(2017年4月刊。1200円+税)

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