弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年12月10日

スリーパー、浸透工作員

警察

(霧山昴)
著者  竹内 明 、 出版  講談社

 久しぶりに警察小説を読みました。警視庁公安部外事二課(ソトニ)というサブタイトルがついています。
 日本社会に北朝鮮の浸透工作員がいて、その摘発に日本の公安警察が躍起となるのですが、公安警察にもいろいろあって、相互に激しく反目しあっていて、単純な協力関係にはありません。浸透工作員のルートもいくつかあるという筋立てです。現実の取材にもとづいているのでしょうね、細部(ディテール)の描写はなかなかのものです。
浸透工作員は金正日総合大学出身。この大学は主体(チュチェ)思想で徹底的に武装し、党と首領に忠実な民族幹部の骨幹を養成する超エリート大学。その3年生、20歳のとき、朝鮮人民軍偵察総局に採用された。
朝鮮労働党幹部の子弟には、金正日総合大学への抜け道がある。入学試験の採点を担当する教授を家庭教師として雇う。受験生は、その教授に指示された秘密の印を答案用紙に書く。すると、教授が採点のときに加点して合格させる。教授へは高額の報酬が支払われる。
朝鮮人民軍偵察総局は共和国最大の謀報機関にして、最強の戦闘能力をもつ特殊部隊である。
かつて日本に実在し、行方不明になった日本人。それがアメリカに渡り、アメリカ育ちの日本人としての経歴を、戸籍や旅券をつかって北朝鮮が成りすます。それに「生まれ変わる」。国家が潜入工作員のために育てた背乗(はいの)り用の身分を活用する。
浸透工作を指揮する工作組長がいて、月1回、月間総括をする。対象の基礎調査、接線の状況、浸透生活中の交友関係、友人との会話状況まで仔細にわたって報告する。月に10万円が支給される活動資金についても、その使途をレシート添付して提出しなければならない。
昔は、短波のラジオ放送で指令が送られてきていたが、今ではステガノグラフィーが使われる。ネット上の画像に隠されたテキストや音声ファイルを複写して、指令を受信する。これだと日本の公安は傍受できないし、深夜にラジオにかじりついておく必要もない。
日本への不法侵入国を浸透、共和国に向けて出国することを復帰という。浸透より復帰のほうが難しいと言われている。迎えの船を待っているところを、日本の公安に見つかり拘束されてしまった工作員は多い。それで、浸透や復帰に使われる沿岸部には、スーパーの女性店員のような補助工作員が多数配置されていて、工作員の安全確保を徹底的にサポートする。
チヨダとは、警察庁警備局警備企画課指導係のこと。全国の公安警察の協力者獲得工作と、そこから得られた情報を管理している秘密部署。その情報は精査され、確度は高い。
腕時計を入手すると、中のクオーツムーブメント一式をそっくりそのまま入れ替え、新しいクオーツには、FBIの研究機関が開発した1円玉ほどの大きさのGPSが仕込まれている。
GPSをつけられたら、対象者の私生活のプライバシーなんて、まるで丸裸になってしまいます。
私の知らない、想像もできない世界が日本のどこかに、いえ至るところにあるのでしょうね。この本を読んで、つい、そう思ってしまいました。それとも、これも例の陰謀史観でしょうか。
(2017年10月刊。1600円+税)

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