弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年10月24日

憲法学からみた最高裁判所裁判官

司法

(霧山昴)
著者 渡辺 康行・木下 智史・尾形 健 、 出版  日本評論社

法律時報の連載が一冊の本にまとめられていますが、田中耕太郎のところを読んで、正直いって、がっかりという以上に、あまりにひどいと、情なく思いました。田中耕太郎という男は(私は、この男を軽蔑していますから、呼び捨てします)、かの砂川事件の裁判で司法の独立をなげ捨て、実質的な裁判当事者であったアメリカに裁判の合議状況の秘密をもらしたうえ、その指示どおりに判決を書きあげたのです。にもかかわらず、評者(尾形健)は、そのことに知ってか知らずか(知らないはずはないでしょう。万一、知らなかったとしたら、学者としてあまりに恥ずかしいことです)。一言も触れず、「不世出の法律家」などと尊称をつけています。読んでいる私のほうが恥ずかしくなりました。やめてください。
私は田中耕太郎という恥ずべき裁判官が日本にいたことは日本の戦後司法の最大の汚点だと考えています。にもかかわらず、タイトルは「不撓の自然法論者」となっているのです。砂川事件判決の裏の事情が判明するまでなら許されたタイトルでしょうが、今では裁判官罷免事由に該当しますし、退職金の返納を命じ、もし肖像画が裁判所に掲げられているのなら、直ちに取り外すべきものです。
私は、このコーナーでは本の非難をしたことがありません(今後もするつもりはありません)が、最高裁判所の裁判官の一人に、法曹界に身を置くものとして絶対に許せない人物を無条件で評価する本を見てしまった以上、書かざるをえませんでした。
この田中耕太郎以外については、私も怒りを静めて読み、大変勉強になりました。
この本のなかで私の印象に残っている最高裁判事としては滝井繁男判事と泉徳治判事です。「過払い」バブルを生んだ滝井判事は、憲法の理念にそっていない法律はもっとあるのではないかと自戒をこめて指摘したとのことです。まったく同感です。
そして、泉徳治判事は、典型的なキャリア裁判官のエリートコースを自ら歩んでいながら、憲法の求める司法の役割を強調しました。このコーナーでも紹介しました『一歩前へ出る司法』には深い感銘を受けました。
最後にもう一回、繰り返します。学者には、最高裁判所のあり方を、もっと端的に遠慮なく批判してほしいと思います。アメリカの指示するとおりに書き上げた判決をあれこれ解釈するだけって、本当にむなしいことではありませんか・・・?
(2017年8月刊。4600円+税)

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