弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年9月26日

武士道の精神史

日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 笠谷 和比古 、 出版  ちくま新書

頭がクラクラッとするほど面白い本です。ええっ、そうだったの・・・、と何回も心の中で叫んでしまいました。
武士道って、簡単に死ねばいいっていうものじゃないんです。必要なら主君にタテつかなければいけないし、みんなで主君を座敷牢に閉じ込めないといけないのです。その仕返しを恐れて何もしないというのは許されないのが武士道。
庶民にまで武士道は広まり、仇討ちが広まったのは江戸中期以降で、庶民までも実践していたというのです。
さらに、鹿児島での幕末の薩英戦争はイギリス艦隊の大勝利とばかり思っていましたが、違うというのです。鹿児島市街はなるほど焼け野原になったけれど、その前にイギリス艦隊は旗艦の艦長が薩軍の新式大砲の砲撃で戦死させられ、慌てて鹿児島湾から逃げ出したというのです。それは、フランス製のペキサンス砲のこと。着弾したら炸裂する強力な大砲を薩摩藩は備えていました。
230頁あまりの新書ですが、私にとっては驚きの連続というほかない内容でした。
一生懸命は、本当は一所懸命。一つの所のために命を懸けてがんばるという意味。一つの所とは「所領」のこと。父祖が命を懸けて獲得してきた所領は、命を懸けても守り抜くという意味。
『甲陽軍艦』の武士道は、戦場における勇猛果敢な振る舞い、槍働きの巧妙、卑怯未練なことなく出処進退を見事に貫くこと。そして、君主に対する忠誠。
『可笑記』では、命を惜しまないことばかりが有能な侍ではないと明言している。むしろ、人間としての「徳義」こそが重要であり、それを磨き、極着することが武士の心得だ。
『葉隠』には、ただ黙って主君に従うことが忠義ではないとしている。むしろ、即座に諫言を呈する気概と能力のある者こそが真の侍なのだ。つまり、主君に対する忠義にもグレードがある。初級とは別に高いレベルでの忠義というものがある。
『葉隠』の武士道は死ぬことが目的でもないし、死が武士の究極のありようでもない。いかにすれば、武士として理想的な「生」が得られるかが追究されている。
『葉隠』のもう一つ重要なテーマが「自由」ということ。「死の武士道」どころか、「自由の武士道」なのである。
次は米沢藩の藩主だった上杉鷹山の言葉です。
「国家人民の為に立たる君にして、君のために立たる人民には無之(これなく)候(そうろう)」
これって、まるでアメリカの人権宣言みたいですよね、たしかに・・・。
最後に、徳川時代の日本人の体格が紹介されています。徳川時代の成人男性の平均身長は150センチほど。いまの小学5年生の平均身長と同じくらい。武士はやせて貧相な人ばかりで、栄養のいい商人のほうは顔も体もふっくらしていた。
徳川綱吉は身長120センチほどで、強い劣等感が専制政治に走ったとみられている。
八代将軍の吉宗は身長180センチ。母が百姓の娘だったからではないか、というのです。いやはや、本当に世の中は知らないことだらけですね・・・。
この本を読むと、それを実感して、胸がワクワクしてきます。あなたも、どうぞご一読ください。
(2017年5月刊。800円+税)

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