弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年6月21日

ヒルビリー・エレジー

アメリカ

(霧山昴)
著者 J・D・ヴァンス 、 出版  光文社

なぜトランプ大統領が誕生したのか。アメリカという国の内実はいったいどうなっているのか・・・。そんな疑問を真正面から解き明かした本です。それも、外から観察したのではなくて、自ら体験した事実をもとにしていますので、説得力があります。
ヒルビリーって、私は何のことやらさっぱり見当もつきませんでした。要するに、田舎者ということのようです。社会の底辺にいる白人労働者のことを、ヒルビリー(田舎者)、レッドネック(首すじが赤く日焼けした白人労働者)、ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)と呼ぶ。貧困は、代々伝わる伝統になっている。
オハイオ州で生まれ育った著者は、ラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる一帯に位置する鉄鋼業の町で、貧しい子ども時代を過ごした。母親は薬物依存症、父親は家を出ていって著者を捨てた。著者を愛情をもって育てた祖父母はどちらも高校も卒業していない。大学を出た親戚は誰もいない。将来に望みをかけない子どもとして、著者も育った。
アメリカでもっとも悲観主義傾向の強い社会集団は、白人労働者階級だ。社会階層間を移動する人は少ない。ここでは貧困、離婚、薬物依存症がはびこっている。
白人労働者の42%が親の世代よりも自分たちのほうが貧しくなっていると考えている。
努力が実を結ぶと分かっていればがんばれるが、やってもいい結果に結びつかいないと思っていたら、誰も努力しない。彼らは、敗者であるのは、自分の責任でなく、政府のせいだと考えている。白人の労働者階層は、自分たちの問題を政府や社会のせいにする傾向が強く、しかも、それは日増しに強まっている。
社会制度そのものに根強い不信感をもっている。仕事はない、何も信じられず、社会に貢献することもない。
彼らは報道機関をほとんど信用していない。白人保守層の3分の1は、オバマ前大統領について、イスラム教徒であり、外国生れであり、アメリカ人であることを疑っている。
オバマのようなエリート大学を卒業し、なまりのない美しいアクセントで英語を話す人間とは、共通点がまったくないと感じている。
ヒルビリーの家庭では、ののしりあって叫び散らし、ときに取っ組み合いのけんかをするのは日常茶飯事だった。しかし、それも慣れたら気にならなくなる。
著者にとって、子どものころに辛いことはたくさんあったが、きわめつけは父親役が次々に変わっていったこと。そのため、姉も著者も、男性とはどのように女性に接するべきものなのかを学ぶことが出来なかった。
どこの家庭も混沌をきわめている。子どもは勉強しないし、親も子どもに勉強をさせない。
白人労働者階級の平均寿命は低下している。料理はほとんどしない。朝はシナモンロール、昼はタコベル、夜はマクドナルド。
ミドルタウンではショッピングセンターもさびれている。営業している店はとても少ない。
1970年に白人の子どもの25%が貧困率10%以上の地域に住んでいた。これが2000年には40%に増加した。移動できるだけの経済的余裕のある人々は去っていくので、最貧層の人々だけが取り残される。
ミドルタウンの市街地再生の取り組みは、いつだって失敗した。それは、消費者を雇用するだけの仕事がないからだ。
ミドルタウンでは、公立高校に入学した生徒の20%は中退する。大学を卒業する人はほとんどいない。彼らは将来に対して期待をもてない世界に住んでいる。自分ではどうしようもないという感覚を深く植えつけられてきた。これは学習性無力感と呼ばれている。
著者は優しい祖父母と海兵隊のおかげで、やがて自分に自信をもち、ついにはイエール大学のロースクールに入り、弁護士になりました。そして、そこで、アメリカの上流知識階層と自分の育った階層との違いを深く自覚するのでした。
すさまじい親子の葛藤が詳細に紹介されていて、そこから脱却していく過程にも興味深いものがあります。今日のアメリカ社会の真実を知るために大いに役に立つ本だと思いました。
(2017年5月刊。1800円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー