弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年4月 7日

北朝鮮の国家戦略とパワーエリート

北朝鮮

(霧山昴)
著者 玄 成日 、 出版  高木書房

 これはすごい本です。北朝鮮の現状、そのトップの人事構造と統制の仕組みについて、これほど詳細かつ具体的に分析できるとは、見事というほかありません。
 著者は脱北者の一人です。父親は、万景台革命学院を卒業し、政府護衛総局、東欧留学を経て労働党中央員会組織指導部副部長、第1副部長、幹部部長、検関委員長、道党責任秘書などを歴任している。まさしく北朝鮮の権力の核心に長く身を置いていた。そして、叔父もまた、著者が脱北したあとも軍部にいて、金正日の側近として体制に忠誠を尽くしている。著者自身は、権力層家族のための平壌南山高等中学校と金正日総合大学英文科を卒業し、同大学の教員、外務省と海外公館の外交官として勤務していた。ですから権力上層部の動向が身近なものでもあったようです。
金正恩権が誕生して3年たったが、この政権を構成している核心権力エリートの大部分は依然として金日成と金正日によって育成され補充された人物たちである。
 基本的に先代の路線と政策の枠組みから抜けられずにいるのも、継承を通した正当性確保が世襲政権の生命であり、先代の遺産である既存統治システムと権力エリート構造が世襲政権の基礎になっている。
北朝鮮では、全住民を多くの階層に分類し、各個人に一定の成分を付与することで、入党と各種人事に活用している。
 1971年末までに全住民を3階層51部類に分類した。基本階層391万人、動揺階層315万人、敵対階層793万人。北朝鮮の半数以上が動揺階層と敵対階層に属している。
北朝鮮では、すべての住民が出身成分と社会成分の2種類の成分を付与される。出身成分は生まれたときに家庭が置かれた社会階級的関係によって区分される成分。つまり、本人が出生した当時の父母の成分を意味する。出身成分は、日帝時期や朝鮮戦争のような過去の身分と職業を反映したものが大部分である。社会成分は、主として現在の身分と関連したもので、本人が直接社会生活を始めたあとの職業と社会階級的関係によって規定される成分を意味する。すなわち、職業を基準としている。
 思想性の強調は出身成分の強調を意味し、思想性中心の幹部選抜は、結局、労働者階級出身中心の選抜を意味する。政治性中心の原則は、結局のところ一般的な幹部補充よりも政治エリート補充に目的を置いている、金正日時代に、北朝鮮の指導思想がマルクス・レーニン主義から金日成主義に転換された背景には、既存の指導思想と理念が、金正日の絶対的権威と金正日の後継体制構築に障害になるという判断によるとみられる。過去、権力層で金正日の権威と路線に挑戦したエリートは、ほとんどマルクス・レーニン主義の理念と党性で武装した理論家だった。いくらマルクス・レーニン主義理論に精通して能力を備えたとしても、忠誠心に問題があると判断された者は、幹部はおろか、北朝鮮社会で生きていくことさえ困難になった。
幹部対策の重要な原則の一つが、派閥形成遮断の原則である。人事担当者は、血縁、地縁、学縁、人縁などによって人事問題を処理できないよう、厳格な禁止事項が定められている。幹部政策として、学縁や学閥による補充も原則として排除された。金正日総合大学出身者が派閥を形成する可能性はまったくない。
「散れば生き、まとまれば死ぬ」。
北朝鮮が強調する専門性は、忠実性の別の表現であり、忠実性が欠如した専門性、金日成と金正日の路線に反する専門性は、幹部政策では絶対に許されない。
 密室政治を通じて、側近は金正日に自身の見解を表明する空間が与えられ、北朝鮮の政治に実質的影響力を確保することができた。
 金正日後継体制において、組織指導部は、4~5人の第1副部長と10人余りの副部長、300人ほどの職員で構成される巨大な組織に拡大した。ここは、金正日の直属部署として唯一指導体制確立の核心道具だった。側近の資格は、金正日の意図を事前に十分に把握し、それにあうように自己啓発をし、建議できる人にあること。側近になるには、飲酒と歌唱力、ユーモア感覚のようなパーティー文化に必要な資質や、最小限その雰囲気に適応できる融通性が求められた。このパーティー文化は、少なくない側近の寿命を縮めた。飲酒運転による死亡事故、過度の飲酒が原因の病気による早死などである。
 金正日政権下の北朝鮮の権力構造の特徴は、金正日が場・軍・政の各分野をタテの従属関係ではなく、ヨコの並列関係において、自分が直接政治する方式が定着したことにある。
側近といっても、絶対に油断も隙も見せられない。突然の左遷、そして粛清もありうる。
過去に党政治局が行っていた上層部での政策決定の役割を金正日時代には側近政治が代替した。
 張成沢にとって、党組織指導部との対立関係を解決できなかったのは、致命的な失敗だった。張成沢の電撃的で公開の粛清は、北朝鮮権力層とエリート、住民に金正恩を幼いと見くびり、もしくは金正恩の「権威」と指導に挑戦する者は、誰であれ容赦しないことを明確に示した恐怖政治の典型だった。
 北朝鮮トップに君臨しているエリートたちが氏名をあげて論じられています。実に具体的で、なるほどという分析が続きますので、430頁の本を一日で一心に読みふけってしまいました。北朝鮮に関心をもつ人々には一読を強くおすすめします。

(2016年9月刊。3000円+税)

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