弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年6月10日

回想、二人で生きた36年

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  神戸 直江 、 出版  文芸出版

 神戸と書いて、「こうべ」ではなく、「ごうど」と読むそうです。
著者の夫・神戸今朝人は1952年(昭和27年)4月30日に長野県の辰野(たつの)警察署と駅前派出所そして伊那税務署など5ヶ所をダイナマイトで爆破、あるいは火焔瓶で放火したという事件(辰野事件)の犯人として逮捕された12人の被告人のうちの一人だった。
 この刑事裁判は20年あまりをかけて無罪となりました。この1952年には、2月に青梅事件、4月に辰野事件、5月に皇居前広場でのメーデー事件、6月に大分県で菅生(すごう)事件、6月に大阪で吹田(おいた)事件が相次いでいます。いずれも、ほとんどアメリカと日本の支配層による謀略事件です。
 著者は被告人とされた夫と結婚し、苦難を共にした53年を明るく回想しているので、読んでいて救われます。じとーっとした、じめじめ感というより、からっとした爽快さが伝わってきます。
 著者は昭和33年2月、会費制の結婚式をあげました。実は、私の結婚式も会費制でした。私のときは月末で暑いのに、エアコンもない労働会館の会議室を会場としたのです。式の映像が残っていますが、みんな暑そうです。若さからの配慮のなさを恥じいるばかりです。
 著者は、新郎が被告人だというのを承知のうえだったのですから、よほど肝がすわった女性だったのでしょうね・・・。新婦26歳、新郎30歳でした。結婚するにもお金のない新郎に結婚資金カンパが取り組まれたようです。その呼びかけ人の一人に、林百郎弁護士がなっています。
 私も結婚するときにお金がないので、親から10万円をもらい、別に10万円を借りました。司法修習生になった翌年で、本当にお金がなかったのです。弁護士になって数年して、金利をつけて返済しました。ちなみに、会費制の結婚式は余剰金が出ましたので、ペンタックスの一眼レフカメラを購入できました。
 辰野事件の一審判決は有罪でした。裁判官の書いた判決文は目を疑うものです。当日、法廷で訊かされた被告人たちは心の底から怒ったと思います。それが、有名な「さしあたり有罪にする」という判決です。
 警察が提出した証拠では、鑑定した結果、発火しないことが明らかになった。被告人と弁護人は発火しないと言っているが、警察官と被告人の一部自白では発火して爆発したと言っている。どちらが正しいか、にわかに判断できないが、警察官と被告人の一部の自白が正しいと思うから、さしあたり有罪にする。
 とんでもない判決です。裁判官によほど勇気がなかったのだと思います。理屈をこねくりまわすことは出来ても、上を見てタテつくまでの勇気はないという裁判官がいかに多いか、弁護士生活も40年以上になっていますが、本当にいやというほど見聞きし、体験してきました。
 辰野事件の裁判は、こんなこともありました。
「導火線というのは、シュッシュッと音をたてていたと検察官は言っていますが、導火線は音を立てないで燃えるものです。芯が燃えていくと、色が少しかわるだけで、音なんかしません。私は鉱山で働き、工事現場で、いつも導火線を扱う仕事をしています・・・」
そうなんですね。映画では、いつも「シュッシュッ」とか「シュルシュル」という不気味な音を立てて導火線が燃えていきますが、あれって視覚と聴覚に訴える映画用の仕掛けだったのですね・・・。大衆的裁判闘争ということで、広く市民の声を裁判に反映するなかで貴重な証拠(意見)を得たのでした・・・。
 歌集もたくさん出している著者の本なので、すっと読むことができました。お元気にお過ごしください。大阪の石川元也弁護士のおすすめで読んだ本です。石川先生、ありがとうございました。

(2015年12月刊。1429円+税)

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