弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年6月 7日

司法改革と行政裁判

司法

(霧山昴)
著者 木佐 茂男 、 出版 日本評論社 

 著者の『人間の尊厳と司法権―西ドイツ司法改革に学ぶ』(日本評論社)は大変勉強になりました。しかし、それも25年以上も前のことになってしまいました。
 その本以上にショッキングだったのは、映画『日独裁判官物語』です。この本によると、この映画はネット上で60分の全編をみることができるとのことです。まだ見ていない人は、一度みてください。
 ドイツの裁判官が組合をつくり、普通の市民感覚を忘れないようにして裁判を担当していること、それにひきかえ我が日本の裁判官が、いかにも情けないほど萎縮しきっていることに、その落差の大きさに驚かされ、というより思わずため息をつきたくなるほどです。
 ところが、日本の司法当局は、この映画の反響の大きさに恐れをなしたせいか、映画そのものだけでなく、著者に対する人格攻撃まで仕掛けたとのことです。なんと日本の司法当局は厚顔無恥なのでしょうか・・・。
 私はスマホは持たず、相変わらずガラケーのみです。しかも、ガラケーを使うのは自分のためのですから、夜に帰宅したあとガラケーをチェックすることもありません。
 そのガラケーとは、ガラパゴス化したケータイの略称ですが、著者が1998年12月に初めて使った用語であり、著者のあと本多勝一氏が使って一気に普及したのです。つまり、ガラケーのガラパゴスというのは、著者の造語なのです。そ、そうだったんですか・・・。
「しぶしぶと支部から支部へ支部めぐり、四分の虫にも五分の魂」
 青法協会員だった田中昌弘判事の作品。青法協の会員裁判官は大都市の裁判所に配置されなかったという時代がありました。私のような支部を活動舞台とする弁護士は、その恩恵も受けたのですが・・・。
 今の最高裁長官(寺田逸郎)は、初任が東京地裁で、40年の法曹経歴において、法務省勤務が26年間に対して、裁判官の仕事をしたのは14年間にすぎない。これで、「本来は裁判官」と言えるものなのか・・・。
 寺田長官と親しく話したことはありませんが、私と大学入学が同じで、司法修習も同期(26期)です。
 司法制度改革(司法改革)は失敗したと断言する人が少なくありませんが、私は失敗したとは考えていません。たしかに、裁判所の受けた打撃より弁護士の大量増員によるインパクト(被害)の大きさは予想をはるかに超えました。
裁判官の総数が増えていないことには驚かされます。
 2003年に1424人だった判事は、10年たった2014年には1876人ですから、450人ほどしか増えていません。これだけ社会が複雑化しているときには、裁判官はもっと増えていていいはずだと思うんですが・・・。
 そして、裁判官の任意団体が今ひとつもないなんて信じられません。
 裁判官も、本人たちは、主観的には「自由」に伸びのびと毎日をすごしているのかもしれません。しかし、客観的な現実はどうでしょうか・・・。やはり、型にはまった思考しか出来ない、勇気に欠ける裁判官が少なくないように思います。
事件数が減っているというわけですが、必ずしも、そうではなさそうです。家事事件は増えています。
 今春、ついに九大を定年退官した著者の本です。
 少し値がはりますので、図書館で読んでみて下さい。
(2016年6月6日。1万円)

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