弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年6月 3日

移ろう中東、変わる日本

世界(アラブ)

(霧山昴)
著者  酒井 啓子 、 出版  みすず書房

2011年に「アラブの春」と呼ばれる大規模な民衆デモが起き、アラブ世界に広がった。ところが、今またアラブ社会そして中東地域を暴力と抑圧が覆っている。
本当に残念な事態です。そこに例のISIS(イスラム国)が進出し、さらに野蛮にかつ強権的に支配しているようです。日本人も何人も殺されてしまいました。一刻も早く、暴力の連鎖を止めてほしいと願うばかりです。
ISISは、今やイギリスと同じほどの領土を支配し、その残虐性、偏狭性、奇抜性に世界は震撼する。理念のない空爆、共通利害のない介入は、ますますISISというモンスターを強大にしている。モンスターの方に理念が、義が、夢があると考える人々が、世界中からISISに集まり、モンスターを支えている。ISIS(イスラム国)が代表する世界は、混沌である。
本来、戦争とは、外交手段が尽くされたときに、最終手段としてやむをえず取られる手段のはず。ところが、中東諸国の国民は、自分たちの指導者がそういう合理的判断ができるかどうか、怪しいと思っている。
いま中東で起きている戦争が厄介なのは、軍特有のルールが通用しない世界が生まれていることにある。そこでは、人ではなく、機械が戦う世界がある。無人偵察機や爆弾処理ロボットが戦力の主軸になっている。
シリアでは、軍は国や国民を守るための暴力装置ではなく、党や政権を守るための組織になってしまっている。
アメリカ国民も、駐留が長引くなかで、帰還兵士から戦場の様子を聞いたりして、戦場の危険とあわせて、現地住民や中東全体で、アメリカ兵への憎しみが募っていることを感じないわけにはいかない。
イラクのサマワに日本の自衛隊が進出したとき、それは民間企業が進出するまでの「つなぎ役」という役割を日本の財界は期待した。しかし、その期待は見事に裏切られた。
イラクへの自衛隊派遣は、対米協力を謳うとともに、イラクで経済利権の獲得につながればと、二兎を追ったものだった。しかし、経済利権については、日本は目的を達成することができなかった。
 日本政府は自衛隊をイラクに派遣するとき、「日本とイラクのため」としたが、本当の目的は対米貢献であり、中東における日本人とイラクの安全に貢献したのではない。
イラン・イラク戦争が長引くなかで、イラクのフセイン政権は、従軍兵士の士気高揚のために、トヨタのスーパーサルーンを贈った。トヨタは、イラク人にとって、長いあいだ富と繁栄の象徴だった。
 コカ・コーラは、エジプトでは1967年から12年間、販売が禁止されていた。アラブ連盟は、1991年までコカ・コーラをボイコットしていた。アラブ世界で長く飲まれてきたのはコカ・コーラではなく、ペプシ・コーラだった。コカ・コーラがアラブ世界でボイコットされたのは、そのイスラエルとの親密な関係からだ。
 中東という複雑な社会をイスラム研究センターで長らく働いてきた学者が分かりやすく解説しています。目が開かされる思いがしました。

(2016年1月刊。3400円+税)

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