弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年4月22日

性のタブーのない日本

人間

(霧山昴)
著者  橋本 治 、 出版  集英社新書

戦国時代に日本にやってきた宣教師は、日本人が好奇心の強いことに驚くと同時に、女性が強いこと、性風俗が開放的なことにもショックを受けていました。ルイズプイスの報告書に書かれています。
古代に「性交」のことを「まぐわう」と書いた。これは目交(まぐわう)であり、視線が合うこと。昔は、家族は別として、男女が顔を合わせることはなかった。だから、他人である男女が顔を合わせてしまったら、もうそこに「性交の合意」が出来てしまう。視線が合うと性交渉になる。 
近代以前の日本には、「おっぱい文化」がない。西洋は、古代ギリシャの女神像以来、オッパイ文化である。しかし、日本の彫刻の中心は仏像であり、仏様は女性ではないので、オッパイがない。江戸時代の日本では、浮世絵春画にも、大の男がオッパイにむしゃぶりつく図柄はまずない。それをするのは、子ども、幼児だけ。
オッパイがボンと出てお尻がバンと張っていると、「鳩胸出っ尻」(でっちり)と言われて、バカにされた。あまり体に凹凸(おうとつ)のない「柳腰」が良いとされていた。浮世絵師は、オッパイを描いても、乳首に色をつけなかった。乳輪も乳首も、肌と同じ白のままにした。
平安時代の貴族の娘は、自分名義の土地建物をもっている。不動産の相続は父から娘へされるのが当然のこと。反対に貴族の息子は相続できない。「住む家がほしけりゃ、自分で女のところに転がり込め」というのが、当時の「通い婚」の実態なので、いつまでも親の家に住んでいられない息子たちは、必死になって女との縁を求めた。結婚が成立したら、男は女の家に転がり込み、しゅうとである女の父から様々な援助を受けて、やがては女の邸を自分のものとし、これを女が生んだ娘に相続させた。
摂関政治の時代に価値があるのは、男ではなく、女だった。この日本は、昔から女が力をもっている国である。平安時代の前に、女帝は何人もいる。桓武天皇は、初めての男の天皇を父とする天皇だった。藤原道長の栄華を支え、摂関家に全盛をもたらした女たちが、今では次代の摂関家を担うはずの男たちの足をひっぱりはじめた。道長に栄華をもたらした、彼の遺産でもある娘たちは、摂関家の息子たちには大きなストレスとなった。競争相手に姉が加わって、頼通と教通の兄弟間の争いが激化するのは、当然のことだった。
日本の女性は、昔から、決しておとなしくなんかない。源頼朝夫人の北条政子。足利義政夫人の日野富子、徳川家康の乳母の春日局。この三人を「日本三大悪女」という。
「戦うのよ、進軍よ」と号令をかけた女性の天皇が二人いる。女帝があたりまえの時代、女性は権力闘争にすすんで参加していた。
私と同じ世代の著者ですが、さすがに学識が深いのに感服します。今や、全国の法律事務所の業務量の相当割合を不倫・男女間のトラブルが占めていると思います。性のタブーは、昔も今も、日本にはあって、ないようなものなんですよね。


(2015年11月刊。780円+税)

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