弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年4月 6日

悲素

社会

(霧山昴)
著者  帚木 蓬生 、 出版  新潮社

和歌山カレー事件の解明に関わった医師を主人公とする小説です。
さすがに現役の医師が書いていますので、医学に関する所見や症状などは専門的です。ヒ素と青酸、タリウムそして食中毒との違いもよく分りました。
和歌山カレー事件が起きたのは1998年7月25日のことですから、もう20年近くも前のことになります。死刑判決が確定していますが、主犯の女性は再審請求しているようですので、判決に納得はしていないようです。
この本の主人公はヒ素を研究している九大医学部の教授です。地下鉄サリン事件にも関わったようです。
食中毒は、通常の食物の中に潜む病原菌が食品中や体内で繁殖して毒素を出し、病気をひき起こす。そのため、経口摂食から発症まで、時間を要する。吐き気に襲われ、腹痛と下痢が始まるのは、寝入る前か夜中。あるいは明け方だ。
これに対して青酸中毒は、吐き気やおう吐、腹痛といった生やさしい症状ではない。高濃度の青酸だったら、数秒以内に意識が消滅し、15秒以内に呼吸数が増し、30秒以内にけいれん発作に襲われる。いずれにしても、短時間で呼吸停止する。
ヒ素中毒事件として有名なのは、森永粉ミルク事件だ。製造過程にヒ素が混入していて、1万2千人をこえる子どもに被害を与え、死亡した子も130人にのぼった。もう一つは、宮崎県の土呂久(とろく)公害。
ヒ素そのものは、自然界に広く分布している。フローベールの『ボヴァリー夫人』には、ヒ素の急性中毒の症状が生々しく記述されている。フローベールは、父も兄も医師であり、少年時代を病院内で過ごした。タリウムの急性中毒の特徴は、なんといっても頭髪の脱毛。それこそ、ごっそり抜ける。
ヒ素、タリウム、アンチモンなどの中毒をしたときには、爪に「ミーズ」という名のついた白い線があらわれる。全部の爪の真ん中あたりに、ハシからハシまでつながっていて、真中あたりが少しふくらんでいる。
中世ヨーロッパでは、上流階級の奥方が夫を死に至らしめようとしたことがしばしば起きている。そのときに使われたのが、このヒ素。ヒ素の入った水を1日5,6滴ずつ夫に飲ませていくと、食欲がなくなり、全身懈怠感が出てくる。体重が減って、衰弱していく。数か月後、ろうそくの火が消えるようにして絶命する。
 当時、亜砒酸は容易に入手できた。なぜなら、化粧品として、脱毛剤として愛用されたから購入は簡単だった。
亜砒酸の特徴は、無味・無職・白色。すぐには症状があらわれない。ほんの耳かきいっぱいで、人を死に至らしめる。
ヒ素が含まれているのは、主として銅鉱石。銅を製錬する過程で、副産物としてヒ素が出てくる。
このカレー事件について、その動機は解明されていない。動機が明確にならないまま、死刑判決が出た。
動機をふくめて、なんとか全容を解明してほしいものです。540頁もの大作です。3月の休日に半日かけて一心に読みふけってしまいました。

(2015年7月刊。2000円+税)

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