弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年11月25日

たまたまザイール、またコンゴ

アフリカ

(霧山昴)
著者 田中真知 、 出版  偕成社

  いやはや、大変な旅です。アフリカの大河を若い夫婦で丸木船で旅行し、また20年後に青年と旅したのです。驚き、かつ呆れつつ、その蛮勇とも言うべき実行力には頭が下がります。おかげで、こうやってアフリカの生の情報が得られるのですから・・・。
  アフリカ大陸の中央部を流れるコンゴ川を妻と二人で丸木舟を漕ぎ、1ヶ月かけて川を下った21年後に、再びコンゴ河を今度は日本人青年とともに下った。
  この二つの体験記が写真とともに紹介されています。いずれも無事に旅を完遂できたのが奇跡のようなスリルにみちた冒険の旅でした。1991年のときのほうが2012年よりも、客観的には安全だったように思いました。
  コンゴ河があるのは、旧ザイール、今のコンゴ民主共和国です。まずは1991年のザイールの旅です。
当時、ザイールはアフリカ好きの旅人の間では特別な存在だった。圧倒的なスケールの自然と、カオスの国に生きる人びとのパワーが旅人の好奇心を刺激してやまなかった。
  ザイール河(コンゴ河)には、オナトラと呼ばれる定期船があった。定期船とは名ばかりで、いつ入港するかもわからなければ、目的地までの日数も3週間だったり、1ヶ月だったり、まちまちの船だ。オナトラ船は船の形をしていない。一隻の船ではなく、六隻の船をいかだのようにワイヤーでつないだ全身200メートルほどの巨大な船の複合体だ。
  船内の屋台では、串にさして揚げたイモムシを辛そうな赤いタレにつけて売っている。子どもたちは、生きたやつをそのまま口に放り込んで食べる。踊り食いだ。
  猿のくん製は、独特のすっぱい臭気を発している。くん製というより焼死体に近い。
  流域の村人にとってオナトラ船は物資を手に入れる唯一の機会であり、現金を使える唯一の場所だった。村に現金をもち帰ったところで使う機会はないし、とほうもないインフレのために、お金を手元に置いておくと、またたく間に紙切れ化してしまう。だから、現金を手に入れたら、みな一刻も早く何かを買って現金を手放そうとする。ババヌキと同じだ。
  流域の村には、モコトと呼ばれるタイコがある。大木の幹をくりぬいたもので、トーキング・ドラムだ。流域の人々にとって、なくてはならない重要な通信手段になっている。モコトを使うと20キロ離れた村と対話ができる。
ナオトラ船では屋台まで食べ物を買いにいくのに、往復300メートルに40分もかかる。ナオトラ船には5000人が乗っている。うひゃあ、とんでもない船です・・・。この中には100人か200人の無賃乗船客がいる。
  2012年のコンゴの旅のときには、このナオトラ船はありませんでした。そして、モコトも消えています。
  コンゴの首都キンシャサは、昼間でも外国人が外を歩いてはいけない。誘拐や強盗にあう危険があるから。外国人は自家用車でなければ外へ出ないのが常識になっている。
  キンシャサ市内は、ホテルもビルも中国資本が多い。ともかく中国の進出がすごい。
  コンゴでは、庶民から政治家まであらゆるレベルで、「これをくれ」「あれをくれ」という体質がしみついている。これがアフリカ諸国の中でもとくにひどい賄賂体質や汚職に結びついている。
  市場にある商店のほとんどは中国人やアラブ人、インド人の経営で、コンゴ人は、使われているばかり。鉱物資源の輸出は地元経済をうるおしてはいない。
  政府高官は賄賂をとることしか頭になく、地元経済の活性化には無関心だ。
  コンゴの紛争を大きくし、長期化させたのは、資金や武器を供与している外国勢力の存在があったから。モブツ独裁政権が32年にわたって存続できたのは、資金提供を続けたアメリカの存在があった。なぜ提供するのか、それはコンゴが世界有数の天然鉱物資源に恵まれた国だから。ダイアモンド、金、銅、タンタルやコバルトといったレアメタルを算出している。
  コンゴでは、毎年、東京都の1,6倍の森が焼失している。
アフリカの旅で著者が得たことは何か・・・?不条理や理不尽が束になって襲いかかって来ても、なんとかなることが分った。そういうことが際限なく繰り返されているうちに、こうでなくてはダメだという思い込みのハードルがどんどん低くなっていった。
  世の中は、ありとあらゆる脅威にみちていて、それに対して保険をかけたり、備えをしたり、あるいは強大なものに寄りそったりしないことには生きていけない。そんな強迫観念を社会から常に意識させられているうちに、自分は無力で、弱く、傷つきやすい存在だと思い込まされてしまう。でも、ここでは自分でなんとかしないと、何も動かない。乏しい選択肢の中から、ベストとはほど遠い一つを選び、それを不完全な手段でなんとかする。状況がどんなに矛盾と不条理に満ちていても、それが現実である以上、葛藤なしに認めて取り組むしかない。そういうことを繰り返していると、意外になんとかなったりするし、なんとかならなくても、まあ、しょうがないやという気になる。まあ、しょうがないやと思えることが、実はタフということなのだと思う。いずれにしても、世界は偶然と突然でできている。それを必然にするのが生きるということだ。それがコンゴ河の教えだ。
  私のように、若いころから好奇心はあっても冒険心の乏しい人間にとっては、無茶すぎ、無謀すぎる危険きわまりない旅です。うらやましくて仕方がありませんでした。
  今後とも、元気に世界を旅行してレポートを書いてください。

(2015年7月刊。2300円+税)

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