弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年11月 4日

あの男の正体(ハラワタ)

司法


著者  牛島 信 、 出版  日経BP社

 著者は私と同じく団塊世代です。検察官から弁護士になり、今では企業法務の第一人者として活躍中です。
 これまでにも、たくさんの小説を書いています。「株主総会」「株主代表訴訟」「社外取締役」などです。私も、そのいくつかを読み、このブログでも紹介していますが、いつもストーリー展開の見事さと相まって大変勉強になっています。さすがはM&Aやコーポレート・ガバナンスで定評のあるベテラン弁護士だと感嘆してきました。
 この本は、これまでの本とは、いささか趣向を変えています。
 主人公は、私なのか。あの男なのか。よく分からないようにして、話が始まります。
 従業員2000人、売上高2000億円、40億円の利益を上げている会社の社長の椅子が問題となります。
 弁護士をしていると、いろんなことに出くわすものだ。なんといっても、腹の立つことが圧倒的に多い。ありていに言えば、他人が困るから、弁護士が飯(メシ)のタネにありつくということでもあるのだ。
 弁護士という職業への人々の信頼を思い、弁護士という制度が社会で果たしている役割の重さを思った。もう30年以上、弁護士をやってはいても、人の、ビジネスの、重大な秘密を打ち明けられるときに、いつも感じないではいられない感慨だ。
 海外から、知り合いを通じて紹介があっただけのVIPが、初めて会ったばかりなのに、会議室に座るや、「実は」と、驚天動地のような秘密を切り出す。それを微笑みながら聞き、淡々と助言を繰り出して議論する。
 身の破綻を招くほどの秘密を打ち明けての依頼であれば、いつものことながら、なんとか依頼者の信頼にこたえたいという情熱が、ふつふつと我が胸のうちに湧きあがってくる。
 30年もすれば、人生と仕事とは切り離すことは出来ない。それどころか、職業生活が人生そのものである人も多い。そうなんですよね。私も弁護士生活が40年となり、私の人生そのものです。
 「あなたが自分からやめないなら、取締役会をすぐに招集する。あなたを副社長から外して非常勤にすることを決議する。必要があれば、社長はいつでも取締役会を開ける。開催する必要があるかどうかは、社長が決める。取締役会では、過半数でものごとが決まる」
 「副社長でなくなるだけではない。非常勤になった取締役の報酬も、社長に一任される。退職金も社長一任となる。次の株主総会では、取締役候補のリストにも載らないだろう」
 「もちろん、あなたには裁判を起こす自由がある。憲法に書いてある。だけど、裁判はすぐに結論が出るわけではない。それまで、カスミでも食べるのかな・・・。あなたの社会的な立場は、あなたの家族はどうなる・・・」
 このように、行き詰まった展開もあり、途中もダレることなくストーリーは展開していきます。
社長が現役のまま死んだ場合には、香典の金額も多い。社葬であっても、香典はすべて喪主にわたる。全部で、何千万円、いや億をこえることもある。会社の費用で葬儀しても、香典をもらった遺族には税金はかからない。
知りませんでした。といっても、私には無縁のビッグ・ビジネスの世界の話ではあります。
 ビジネスの世界を小説にするにも、男と女の話は欠かすことが出来ないことを想起させる企業でもありました。私も、目下、久しぶりに本格的な小説に挑戦中です。テーマは、40年前の司法修習所における苦闘の日々です。
(2014年9月刊。1700円+税)

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