弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年7月 1日

刑事裁判ものがたり

司法


著者  渡部 保夫 、 出版  日本評論社

 27年前の本の復刻版です。前にも読んでいましたが、司法、とりわけ刑事裁判の本質を当の刑事裁判官が鋭く語った本として一読してほしいものです。
ただし、木谷明弁護士(元裁判官)の解説によると、著者(渡部保夫)は、平賀書簡問題では所長を擁護するばかりで、的確な行動をとることが出来なかったと厳しく批判されています。司法行政官としては欠陥もあったようですが、刑事裁判官としては、大いに実績を上げたようです。
 日本では、刑事裁判の原則が奇妙に転倒している。無実の者であっても無罪判決を得るのは非常に困難であり、検察側が有罪の判決を得るのは簡単である。
日本では、重罪も軽罪も、1年間に400万人が起訴されて被告人となるが、そのうち無罪になるのは全国で1年間を通じて、わずか400人ほど。
 自白こそは、刑事裁判における最大の「つまずきの石」である。
 人は、ある身体的、心理的な環境の下では捜査官から追求されると、意思の弱さなどのために、案外、簡単に虚像の自白をするものだ。罪を犯していないのに、捜査官からさまざまな圧力を受けて虚像の自白をした場合には、機会をみて自白を翻そうとする。
 誤判の起きる根本的原因には、誤った意味の経験主義がある。次のように考えがちだ。
 我々は毎日、犯罪の捜査をやり、また裁判をやっている。それだけで、犯罪の操作や事実認定について十分に熟達できる。それ以上、ことさら研究する必要なんかない。
 しかし、どんなことでも、単に経験を重ねるだけで熟達できるわけではない。
 長年、同じような仕事を続けていると、とかくマンネリズムに陥り、新鮮な感覚を失いがちになる。そうすると、「疑わしきは被告人の利益に」という裁判原則に対する忠誠心がゆるみがちになる。そうなんですよね。マンネリズムは怖いものです。
裁判官の洞察力にも限界がある。裁判官は、自己が平凡な通常人であることを自覚すべきである。裁判官は謙虚でなければならない。
 今も新しい、学ぶべき司法の本です。
(2014年6月刊。900円+税)

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