弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年8月 8日

イスラムと近代化

中東

著者  新井 政美 、 出版  講談社選書メチエ

共和国トルコの苦闘、というサブタイトルのついた本です。現代トルコの悩み多き歩みが語られています。
 紀元前5世紀に起きたペルシア戦争において、ペルシア軍のなかには多くのギリシア人傭兵が存在していた。そして、11世紀のマラーズギルトの戦いは、ギリシア(キリスト教)対トルコ(イスラム)の決戦のように言われるが、東ローマ軍の重要な部分を占めていたのはトルコ系の傭兵たちだった。
 スルタンの血筋にはギリシア人の血がたくさん混じり、ビザンツ皇帝の親類には、セルジュク王家と婚姻関係を結んで、イスラムに改宗するものもいた。
 トルコのノーベル賞作家であるオルハン・パムクの書いた『わたしの名は紅(あか)』は、16世紀のトプカプ宮殿のあった時代を描いている。
 スルタン直属の精鋭軍イェニチェリは、オスマンの軍事的発展を支えていたが、17世紀から、その性格が大きく変わっていた。イェニチェリが世襲されるという、本来ありえない事態が日常化していた。市中で副業を営み、在地化し、無頼化していった。そして、あらゆる改革の動きに抵抗する存在になった。
 音楽はイスラムに反するものとされ、また反しないものとされた。これは「判例の積み重ね」としてのイスラム法の特色をよく示している。
18世紀末のセリム3世はイェニチェリに代えようと新たな西洋式歩兵軍団を創設した。しかし、イェニチェリの反乱に直面して、退位を余儀なくされた。
 次のマフムート2世は、砲兵隊を強化し、改革派の官僚を要職につけ、15年かけて中央集権化を実現した。そして、イェニチェリを蜂起させて、一挙にせん滅して、新しい軍隊を創設した。
ムスタファ・ケマル(のちのアタチュルク)は、北ギリシア・マケドニアのテッサロニキに生まれた。このテッサロニキは、オスマン領内でも、屈指のコスモポリタン的な環境の町だった。19世紀末、4万9000人のユダヤ教徒、2万5500人のイスラム教徒、1万1000人のギリシア正教人口をかかえていた。そのうえ、英仏伊露西の国籍をもつ外国人が7000人ほど暮らしていた。
 ケマルは、文明の基盤が家庭生活にあると公言していたが、その家庭生活がイスラムにもとづいて営まれるのは、時代に逆行するものと考えた。1929年にミスコンテストが始まり、1930年には地方選挙で婦人参政権が認められ、34年には国政選挙に拡大した。28年にはアラビア文字が禁止され、ローマ字が採用された。そして、ケマルは、すべての原語がトルコ語から派生していったという「太陽原語説」を採用して、大々的に喧伝した。
 ケマルは、西洋文明を受け入れて近代化=世俗化を目ざしたが、同時に西洋文明はトルコ民族の影響下でつくり出されたものだと強調することによって、西洋化とナショナリズムを「調和」させた。
 1938年11月に、マタチュルク大統領が亡くなると、前年に失脚していたイノニュが第二代大統領に就任した。
 その後、トルコは、さまざまな苦難の道をたどります。
軍部は、共和国の歴史を通じて、まずアタチュルクの熱烈な信奉者であり、その改革の支持者である。したがって、軍事的天才でもあったアタチュルクが創設し、その副官でもあったイノニュが党首となっていた共和人民党の強力な支持基盤でもあった。
 そこで、軍部が世俗主義の守護者を自認し、世俗主義=共和国の根幹を守るために、軍が何度となく政治に介入する動機ともなった。
 そして、イスラム的価値を重視する「イスラム派」が、たとえ、近代的科学技術の摂取を重視していても、共和国の世俗主義にしたがっていないために「反動」と位置づけられ、軍部は、クーデターを起こしても世俗派であるゆえ進歩的だと自らを位置づけ、それが欧米を中心とする世界に受け入れられるという構図を生んだ。
 いま、建国80年をすぎて、トルコは「イスラム政党」が議会で安定多数を維持している。公正発展党は、自ら「保守的民主主義者」を名乗っているから、これを「イスラム政党」と規定するのは問題があるかもしれない。しかし、大統領も首相も、その妻はスカーフで頭部を被っている。建国の父アタチュルクがこの後継をみたら卒倒するだろう。ところが、アタチュルクが憤激しても、現代トルコが発展していることは事実であり、その発展振ぶりは、アタチュルクの方針に忠実であることを自認する世俗派が政権を握っていたころよりも明らかに目ざましい。軍部と司法当局とは互いに牽制しあいながらも、イスラム派を追い落とそうとする意思を決して捨ててはいない。現政権が、その扱いを誤れば、権力はいつまた世俗派に戻らないとも限らない。
 現代トルコにおける「イスラム派」なるものの実体、そして、世俗派との葛藤の複雑怪奇さの一端が少しだけ分かったような気のする本でした。
(2013年1月刊。1600円+税)

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