弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年5月15日

自民党・改憲案を読み解く

社会

著者  長谷川 一裕 、 出版  かもがわ出版

自民党の改憲草案の問題点を分かりやすく解説したコンパクト(本文84頁)で、安価(1000円+税)なブックレットです。
戦後68年たって、一度も改正されていないから、今の憲法は古くさくなってしまったと叫ぶ国会議員がいます。とんでもないことです。
 古いものがダメだというのなら、ギリシアの古典哲学が今も大切に語られているのは、どうなるのでしょうか。それに、聖書なんて古くさいからダメだなんて、まともな人だったら誰もそんなことは言いませんよね。古くて新しくても、内容さえ良ければいつまでも大切にしなければいけないのだと私は思います。
憲法は、いわば空気や水のようなもの。空気や水は、人間が生きていくうえでなくてはならないものなのに、日頃はそれを意識することがない。いざ失われようとしたとき、その価値が分かる。本当にそうなんですよ・・・。
 憲法は、国民の暮らしに深くとけこみ、目に見えない大切な役割を果たしている。それは、社会を支える「見えないインフラ」と言うこともできる。
 日本国憲法が、日本を占領した連合軍総司令部(GHQ)の民政局メンバーが起案した草案が原型となって制定されたことは、まぎれもない事実である。しかし、制定過程をつぶさにみると、単純に日本国民の意思に反して押しつけられた憲法とは言えないこともはっきりしている。たとえば、GHQ民政局原案では、貴族院が廃止されて一院制だった。国民主権についても、当初は「天皇は日本国民至高の総意に基づき」とあったのを、国会審議のなかで、「(天皇の地位)は主権の存する日本国民の総意に基づく」と改正され、主権が国民にあることが明確化された。また、生存権の規定も新しく入れられた。
 「この押しつけがあったおかげで、我々はいま、世界に誇ることができる歴史上最高の憲法をもっている。この憲法のおかげで、戦後日本というレジームは、日本の歴史上最大の成功をおさめた」(立花隆) 私も、まったく同感です。
 アメリカの憲法には時代遅れの部分がある。たとえば、アメリカの憲法には、移動の自由、教育、労働組合を結成する権利、女性の権利に関する規定など世界の70%の憲法がカバーしている人権についての規定がない。そして、逆に世界の2%にしかないような「武器を携帯する権利」を憲法に明記している。うひゃあ、とんでもない憲法ですね。
 自民党の改憲草案を読んだ作家はこう言った。
「前文の文章が下手すぎて泣ける。思わず添削したくなる」
 ホント、そのとおりです。復古調といっても、まるで美英文調ではありません。いかにも下手くそな、せいぜい中学生の出来の悪い作文です。これで国を愛せというのですから、本当に泣けてきます。いったい誰がこんな下手くそな前文を書いたのでしょう。そして、自民党案として承認したのでしょうか・・・。ついつい号泣したくなります。一度ぜひ、あなたも自民党の改憲草案の前文を読んでください。現憲法の前文の格調の高さとの落差にガックリ肩を落とすことを私がきっぱり保証します。
 自民党の改憲草案の前文には「和を尊び」という言葉があります。これではまるで、道徳の教科書です。聖徳太子は「和をもって貴としなす」と言ったとよく言われています。しかし、「憲法十七条」の全文をぜひ一度読んでみて下さい。実は、その当時の日本は、ケンカが絶えず、裁判があまりにも多いのだから、日本人よ、ほどほどにしろ、もっとケンカせずに仲良くしなさいといさめたという内容なのです。つまり、日本人は昔から、ケンカと裁判好きだったのです。それを戒めたものなのです。それが、いつのまにか、日本人は和を大切にするからケンカも裁判も少ないなどと間違って逆に理解して言い広める人が少なくないというだけなのです。著者にも、一度、ぜひ『十七条の憲法』の全文と解釈にあたっていただくようお願いします。
自民党の憲法草案は、天皇を元首とすることを憲法に明記すること、そして、日の丸・君が代の尊重義務、さらには元号のことまで憲法に定めるとします。何と、その根拠は、明治憲法で天皇を元首とする規定があったからだというのです。明治憲法と現憲法には明らかに大戦による深い断絶があるのに、連続性があるとしているわけです。そこには大戦をひきおこした反省がまったく認められません。こうなると、単に復古調だということにとどまりません。東アジアを含めて、全世界から戦争の侵略戦争をひきおこしたことを反省しない態度をとる日本は厳しく糾弾されるしかありません。
 ところで、明仁天皇は、国旗・国家について、「やはり強制になるということでないことが望ましいですね」と発言しました。これは本当に立派な、見識ある発言だと思います。右翼を自称する人々も、少しは天皇の「おコトバ」で頭を冷やすべきではないのでしょうか・・・。
憲法9条の縛りを解き放ち、正真正銘の軍隊へ・・・。自民党の改憲草案によると、いまの自衛隊は無制限の自衛権の行使を認めている国防軍になる。自衛隊は、既に高い練度と高度な装備を保有し、総兵力は24万人、年間の防衛予算は4兆7000億円と、世界的にみて上位にある。公式の英語名称も自衛隊ではなく、陸軍、海軍、空軍になっている。国会で小泉元首相も安倍首相も自衛隊は軍隊だと堂々と答弁している。しかし、正真正銘の軍隊なのかどうかという点では、装備や兵力だけでは決まらない。軍隊として機能するのか否かを見る必要がある。
自衛隊は装備、予算は一流だけれども、憲法9条のもとで厳しい制約と縛りがかけられている。だから、自衛隊は、軍隊ではあっても一人前の軍隊とは本当は言えない側面がある。
私は、人を殺したことのない自衛隊をある意味で誇りに思っていますし、敬意を表します。そして、そのためにアメリカ軍は日本の自衛隊を心底から、は信用していないのです。日本の自衛隊員はトップから一兵卒にいたるまで誰も、一人として、戦場で人を殺したことがありません。そんな軍隊って、全世界では珍しい存在なのです。そして、日本人として、私は、そのことを誇りに思っています。人を殺さない「軍隊」だったら、いっそのこと、大災害救助隊と名前を変えたらいいのです。3.11のときには本当によくやってくれました。
この小冊子は80頁のなかに考えるべきことがよくまとまっています。多くの人に活用してほしいと思います。願わくば、もっとマンガとかイラスト(図)を盛り込んでもらえたら、もっととっつきやすい本になるのに・・・と思いました。ぜひご一読ください。
 著者から贈呈していただきました。ありがとうございました。
(2013年4月刊。1000円+税)

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