弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年9月28日

ある心臓外科医の裁判

司法

著者   大川 真郎 、 出版   日本評論社  

 ある心臓外科医が手術ミスをした。執刀医の教授を部下の医師が内部告発して、そのことが明らかになった。当然のことながら遺族は怒り、損害賠償を請求するとともに刑事告訴した。さらに、週刊誌が取りあげ、テレビや新聞も大々的に取りあげるに至った。
 無能な執刀医はそれまでにも幾多の医療ミスをしていたし、手術の前にすべき患者の診察もせずに執刀し、患者の死後、遺族への説明もせずに逃げまわった。
 このような報道はよくあるパターンです。ところが、これがまったく事実無根だったら、どうでしょうか・・・。
 この本は、8年がかりで執刀医にミスはなかった、かえって内部告発した医師のほうが無能であって、まかされた術後管理が悪かったために患者を死なせたのであり、しかも、その医師は別の病院でも医療過誤で訴えらたことがあって、裁判で訴えられて責任を認められていたということまで明らかにしています。
とても大変な裁判だったと思いますが、著者は同じ事務所の坂本団弁護士とともに、その困難な課題をやり遂げたのです。さすがです。
 週刊誌に対する名誉毀損の損害賠償請求にも教授は勝訴します。慰謝料500万円のほか、謝罪文を命じる判決でした。出版社側が控訴し、高裁で和解が成立しました。和解は慰謝料400万円のほか、謝罪広告を週刊誌にのせろという内容です。金額は相応のものと思いますが、問題は謝罪広告です。
 教授の名誉を侵害する記事が3頁にわたって大きく取り上げられていたのに対して、謝罪広告のほうは5年後に最終1頁5段の最下段に小さく載っただけ。これでは、誰も気がつかないようなものでしかありません。やられ損ですよね・・・。
そして、「内部告発」した医師を教授は訴え、勝訴しました。610万円を支払えという判決ですので、すごいと思います。
 ところが、その後、教授が医学専門誌に実名で部下の医師を批判した部分については行き過ぎだと最高裁が判断し、その部分の170万円が差し引かれることになってしまいました。
 さらに教授は、遺族側の弁護士について弁護士へ懲戒請求します。弁護士は代理人であるとしても、遺族の虚偽告訴という違法行為は抑止すべき義務があるというものです。
この点、なるほど代理人弁護士に問題がなかったわけではないと私も思いますが、懲戒相当と言えるかまでは疑問です。結局、弁護士会も懲戒不相当としました。
そして、最高裁は、教授がチーム医療の総責任者であるから患者・家族に対して直接説明すべき義務があるかどうかについて、教授に逆転勝訴の判決を下したのでした。
要するに、説明義務があるといっても、それは総責任者たる教授が自らするまでのことではなく、主治医が十分に説明していれば足りるというものです。これは至極あたりまえの判断だと思いました。
いずれにしても、部下の医師が自らの失敗を上司になすりつけようとして「内部告発」したということです。悪徳、無能医師というレッテルをマスコミによって貼られたとき。それを間違いだと証明することの大変さがよくよく伝わってくる本です。
 そして、それに8年近くもかかったことのもつ重味をしみじみと感じたことでした。
 著者は、日弁連事務総長もつとめた有能かつ識実あふれる人柄の弁護士です。本書を読んで、ますます畏敬の念を深めました。ますますのご活躍、そして後進へのご指導を引き続きよろしくお願いします。
(2012年9月刊。1700円+税)

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