弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年9月11日

公教育の無償性を実現する

社会

著者   世取山洋介・福祉国家構想研究会 、 出版   大月書店  

 1990年代中葉から推進された新自由主義改革により引き起こされた深刻な社会の危機に対処するため、福祉国家型対抗構想が求められている。政府は、子どもの人間としての成長発達に必要な現物給付を行い、かつ、現物給付をすべて公費でまかない、それを無償とすべきだ。このことが本書で主張されています。そんなことが本当に可能なのか、必要なのか、それをさまざまな角度からアプローチしています。
 大阪の橋下「教育改革」は、一方で、公立学校全体の規範を縮小しつつ、他方で「成長を支える基盤となる人材」「国際競争を勝ち抜くハイエンド人材」という二つの人材像を揚げ、後者の育成を目的として府立学校のなかから10校を「進学校指導重点校」に指定し、1億5000万円の追加的予算措置を行っている。
 ここでは、エリート人材とノンエリート人材を明確に区別し、「選択と集中」による予算配分によってエリート人材の育成をはかるという政策を実現しようとしている。
 大阪では、「学習者本位の教育への転換」と「競争原理」が実際のところ同義である。つまり、選択の機会の拡大と競争原理が教育の「質」を向上させるという論理である。
 2003年の東京を皮切りに、多くの都道府県で高校学区が撤廃もしくは拡大されている。現在、47都道府県のうち23都県が全国全県一学区制を導入している。かつて全国でみられた高校中学区制は兵庫と福岡に残るだけとなっている。
高校通学区域の拡大は、都市部の進学校や人気校への生徒の集中と競争の激化を生み出し、僻地などの周辺にある高校の生徒減と「適正規模」以下校の統廃合を導き出している。
 新自由主義教育改革とは、英米の教育改革をモデルとした国家が決定したスタンダードの達成率にもとづく、学校間・自治体間の競争の国家による組織を内容とし、エリートと非エリートの早期選別を目的として、徹底的な国家統制の試みと定義することができる。
 2006年度から、教職員給与のうち、国が負担する比率が2分の1から3分の1へ引き下げられた。教育公務員においては、労基法や給与法の適用除外があり、時間外勤務手当はしないという特殊な取り扱いだった。その代わり、偉給月額4%の「教職調整額」が支払われていた。
 東京では、1級が助教諭・講師、2級が教諭、3級が主任教諭、4級が主幹教諭、5級が副校長・教頭、6級が統括校長・校長となっている。
 この制度によって生涯給与額が745万円、1271万円、1439万円と差がつくようになっている。こんなに明確なさを見せつけられると、悲しいですよね・・・。2級の教諭が8割を占めるのに、主任・主幹教諭の導入によって一般の教諭の給与は引き下げられたのです。
 1970年代前半までに高校が社会標準化し、その費用も80年代以降、高額化し、90年代には専修学校をふくめた中等後教育への現役進学率が50%をこえ、2011年には70%にまで上昇した。ところが、高校以降の子どもの養育費と教育費は私費負担に任されたままになっている。
 学校外の補助学習が多くの子どもの必要とされている状況は異常だ。これが「子どもの貧困」の重要な要因となっている。公立中学生の通塾率は、7割になっている。
 国が教育機関へ公財政支出する額のGDPに対する比率は、OECD加盟国31ヶ国のうちで日本は31位、最低である。教員給与を除くと、学校運営費の80%が父母の私費負担に日本は依存している。これは異常である。
 公立の小中高校で30人以下学級と授業料・学修費を完全に無償化するために必要なのは、あわせて3兆3700億円。そして、私学助成のためには1兆2000億円の増額が必要になる。それを実現しても、OECD加盟国の平均にやっと届くくらいの金額でしかない。
 この3兆3700億円は港や新幹線のような不要不急の大型公共工事につかうよりも、よほど生きる「投資」(お金のつかいみち)だと思います。
 500頁近い大作で、少々むずかしい本でしたが、一日で必死に読み通しました。
(2012年8月刊。2900円+税)

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