弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年8月24日

日本近現代史のなかの救援運動

司法

著者   山田 善二郎 、 出版    学習の友社 

 交通事故のひき逃げを疑われている人から相談を受けて、警察をそんなに信用しすぎてはいけません、ときに罪なき人を警察官は有罪にしてしまうことだってあるのですからねと助言することがあります。すると、警察官がひどいことをするなんて、今の今まで思ってもみませんでしたという反応がかえってきます。警察は正義を実現するところ、悪い人を捕まえるところという思い込みをほとんどの市民が思っています。私だって、弁護士になる前は、もちろん、そう思っていました。でも、弁護士になってからは、警察はときとしてとんでもない間違いをおかし、そのことに気がついても容易に誤りを認めようとしない鉄面皮のところがあると考えています。
 ですから、ぬれぎぬ(冤罪)で泣く人が生まれます。そのときに役立つのが国民救援会です。私も、救援会には少しだけ関わっています。この本は救援会の会長をつとめた著者が戦後日本の救援運動が果たしてきた役割をざっと紹介してくれるものです。著者自身が戦後まもなくの冤罪事件で、「犯人」の逃亡を手助けしてアメリカ軍からにらまれたという体験の持ち主です。そして、その事件のあとは、ずっと救援運動に関わってきました。
 最近有名なのは、布川(ふかわ)事件、そして、その前の足利事件です。いずれも再審で無罪となりました。それに至るまでの苦労がなんと長く困難だったことか・・・。救援会が無罪を獲得するのに大きく下支えをしました。
 それはともかく、2001年にパソコンから流出した愛媛県警察本部の被疑者取り調べ要領の一部を次に紹介します。
○粘りと執念をもって「絶対に落とす」という気迫が必要。調べ官の「絶対に落とす」という、自信と執念にみちた気迫が必要である。
○ 調べ室に入ったら、自供させるまで出るな。
被疑者の言うことが正しいのではないかという疑問を持ったり、調べが行き詰まったりすると逃げ出したくなるが、そのときに調べ室から出たら負け。お互いに苦しいのだから、逃げたら絶対ダメ。
○ 取り調べ中は被疑者から目を離すな。取り調べは被疑者の目を見て調べよ。絶対に目をそらすな。相手を呑んでかかれ。呑まれたら負け。
○ 被疑者はできる限り取調室に出せ。自供しないからといって留置場から出さなかったら、よけい話さない。
どんな被疑者でも、話をしているうちに読めてくるし、被疑者も打ちとけてくるので、できる限り多く接すること。否認被疑者は、朝から晩まで取調室に出して調べよ。

戦前、13歳の少女が、与謝野晶子の『みだれ髪』(歌集)を買って寄宿舎に置いていたところ、特高警察に知られて拷問されたというケースが紹介されています。その少女は、拷問されたあと帰されて寄宿舎の寮長に「茶わんいじほうって何のこと?」と尋ねたそうです。治安維持法という悪法も知らない13歳の少女を拷問していたぶった特高警察の非道さに思わず涙が抑えきれませんでした。
 また、戦後の一大謀略事件として有名な松川事件の起きた直後、「米日反動の陰謀だ」とか言葉だけ激烈に訴えても、誰の心にも動かさなかった。そうではなくて、具体的な事実と、率直な心情を自分自身の言葉で語りはじめたとき、広津和郎をはじめとする世間の人々の心に訴えが届いた。
 これは、今に生かされるべき教訓ですよね。
 日本民主主義がどの程度根づいていると言えるのか、この救援運動の歴史を知らずして語ることはできないと私は確信しています。
(2012年6月刊。1429円+税)

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