弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年8月22日

薬害肝炎・裁判史

司法

著者    薬害肝炎全国弁護団 、 出版   日本評論社  

 薬害肝炎に取り組んだ福岡の弁護師団から贈呈されました。560頁もの分厚い本ですし、私自身が関わった裁判ではないので、少しばかり気が重たかったのですが(なにしろ手にとると、ずしりと重くて、とてもカバンに入れて持ち運びながら読む気にはなれません)、せめて、弁護団の苦労話を語った座談会だけでも読んでみようと思ったのです。ですから、この本を通読したわけではありません。でも、私が読んでも大変勉強になるところが多々ありました。
 弁護士、とりわけ若手弁護士のモチベーションをいかに高めるか。これには、事件に対するモチベーションの問題と組織の中で働くことのモチベーションを高めることの2つがある。新人弁護士だからといって、事務的な雑用だけをやらせるのではなく、責任のある仕事をできる限り頼んで、その責任ある仕事が成果として見える、そんな仕事を若手弁護士にどう割り振るかに苦心した。
 弁護士としては、訴訟活動を抜きにして、モチベーションを維持するのは難しい。また、地元の被害者の救済があるので、地元提訴は有効だ。これが、東京・大阪の訴訟の応援だけだと難しい。5地裁で提訴したのは、非常に有効だった。
 大型集団訴訟は、特許事件のように、東京と大阪だけに絞り込むべきではないかという極端な意見もあるが、全国に被害者が散在している事件では、それはありえない。
 東京地裁だと扉が大きく開かれないが、関門海峡を越えると治外法権になるとか、法が違うとか、いろいろ言われるように、驚きの連続だった。
 福岡では扉が広く、原告弁護団側から裁判所にどんどん働きかけができて、争点を設定して訴訟進行の主導権をとっていけた。
 先発組がぽろぽろと負けたあとで、後発組がきちんとした戦略を立ててやっても、その問題について既に負け判決が出ているなかで勝っていくのはものすごく困難だ。
 新しい集団訴訟で勝つというのは、理屈だけではできない。被害をきちんと伝えて、「原告を勝たせなければ」と裁判官に思わせるには、多様な力がいる。言いたいことを言い、証拠さえ出せば勝ち判決がころがり込んでくるという甘い見通しではダメ。この裁判官に、勝判決を絶対に書かせる、そのための戦略と力量と意欲が必要。
 目標は、社会における誤った政策を変えること。そのための手段として裁判を使う。負けては何にもならない。たくさん裁判があればよいというのは、50年前の発想。
東京では22人の原告全員の本人尋問はできなかった。しかし、東京以外は、原告全員について本人尋問した。九州は18人、大阪は13人、名護屋は9人、仙台は6人だった。
被告となった国は、関門海峡を越えた福岡では勝てそうにない。大阪もどうも風向きが怪しい。そこで、東京に集中して、東京で勝とうという戦略を、途中からとったと思われる。
 国は、各地の弁護団の弱い分野を意識して証拠を立てた可能性がある。九州は有効性が強くて、重篤性がいくらか弱い。そこで、国は重篤性についての証人を九州で申請した。
5地裁に提訴すると、同一争点に関する証人尋問を5回も行うことになりかねない。そこで、争点一つにつき、原被告とも証人1人を選抜し、それを各地で分散しながら立証していく計画を立てた。
 また、中間的に提出した統一準備書面はすごく効率があった。
 集団訴訟の勝訴判決は、被害の重大性を直視した裁判官によって、ある程度の飛躍がないと書けない。
 薬害肝炎については2002年10月に東京・大阪で提訴してから、2007年12月の政治判決まで5年かかった。しかし、5地裁判決がそろってからは、わずか4ヵ月で解決した。しかも、東京地裁判決直後の官邸入りから9ヵ月で解決したのは、かなりハイスピードの解決だった。
大阪地裁のときも福岡地裁のときも、判決が出た時点で国会は閉会中だった。つまり、司法判断をテコにして政治問題化していくときの、その舞台が用意されていなかった。
 裁判所は、大規模訴訟については4年以内でおさめる、裁判迅速化法も受けて4年内に解決するために計画審理をする方針をとっている。しかし、薬害肝炎のような薬害訴訟を2年で終わらせようとすると、弊害のほうが大きくなる危険がある。
5地裁のどの裁判長も、自ら指揮をとってこの問題を和解で解決しようというそぶりがまったく見られなかった。だから、わざわざ裁判所に、判決の前に和解勧告してほしいと言いに行く動機がもてなかった。
薬害肝炎訴訟において、仙台地裁では国が勝ったけれど、これは使えない勝訴判決だった。最悪の勝ち方をしてしまった。
 国はいくつ負けても、一つ勝てば責任を否定して解決を遅らせるので原告はすべて勝たなければならないという教訓があるのも事実だ。
 原告になった人は、匿名から実名になったときに、自分の問題としてやっていかざるをえない立場に立たされ、どんどん成長していった。
 新しい課題は、いつも若手、新人弁護士が切り開いていくものだ。裁判戦略は法的責任を明確にすること。訴訟の重要性を改めて認識することだ。
 被害に始まり、被害に終わる。弁護団は国民に共感を広げ、裁判所に共感を広げ、政治の舞台に共感を広げていく。その共感が広がれば、その先に勝利は約束される。逆を言うと、苦しいときには共感が広がっていないということ。薬害肝炎でも、試行錯誤しながら結果的に勝てた。
 なかなか味わい深い統括の言葉だと受けとめました。
 福岡の八尋光秀、浦田秀徳、古賀克重弁護士が、裁判でも本のなかでも大活躍していて、うれしくもあり心強い限りでした。
(2012年1月刊。4000円+税)

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