弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年7月22日

父さんの手紙は全部おぼえた

ヨーロッパ

著者   タミ・シェム・トヴ 、 出版   岩波書店

 第二次大戦中、オランダでもユダヤ人の迫害がありました。
 いえ、迫害があったというのは正しくありません。戦時中のユダヤ人死亡率はイタリアやフランス、ベルギーでは20%台だったのに、オランダでは、ドイツ、ポーランドに次いで70%と高かったのでした。これは、オランダ政府がナチスの政策を黙認して協力したため、強制収容所に移送されて亡くなった人が多かったという事実を示しています。そう言えば、アンネ・フランクもオランダで隠れていたのでしたよね。もちろん、そんなユダヤ人一家を生命がけで助けたオランダ人もたくさんいたのでした。
 この本のユニークなところは、ユダヤ人の10歳の少女がユダヤ人を秘して隠まわれていた農村地帯にある家に、別のところに隠れ住んでいた父親から絵入りのいくつも手紙が届いていて、その実物が戦後、掘り出されて紹介されているということです。
 絵入りの手紙は、とても素晴らしいものです。残念ながらオランダ語の手紙文の方は読めません(もちろん本文中に日本語訳はあります)。ともかく、手書きで活字体の文字がとても読みやすいのです。愛する10歳の娘に向けてのものだからでしょうね。そして、絵はさらに素晴らしい。医学部教授だった父親には絵心があったのでした。
 そのうえ、なにより素晴らしいのは、戦時中に病死した母親を除いて、家族みんなが無事に戦後になって再会できたことです。
 そんなわけで、この本は今も元気に生きている当時10歳の少女が父親からもらった絵手紙を前にして語ったものなのです。10歳の少女の素直な目から見た社会の矛盾だらけの動きがよく伝わってきます。
父親のユーモアあふれる絵と文章は実に魅力的。本当にそうなんです。この絵手紙に接することのできた日は、一日中、何となくトクした気分でした。
 2010年のドイツ児童文学賞にノミネートされたというのも、なるほどと思いました。この絵手紙の現物はイスラエルのロハメイ・ハゲタオット記念館に展示されているそうです。いちど見てみたいものだと思いました。
(2011年10月刊。2100円+税)

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