弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年6月 8日

介護と裁判

社会

著者  横田  一  、 出版   岩波書店

 ちょっととっつきにくいタイトルですから、本のタイトルとしては失敗しているんじゃないかと思います。それでも、読むと介護施設の寒々とした実情と問題を鋭くえぐった本です。みんな年齢(とし)をとったらお世話になるはずの介護施設の実態がこんなにひどいものだったとは、思わず身震いしてしまいました。
「あすにも社会的入院や寝たきりはなくなる」という標語は見事に幻想に終わった。いやあ、本当に残念です。
 介護保険制度は、保険料や公金など、年に7兆円以上もかけているのに、うまく機能していない。少なくとも合格点からは、はるかに遠い。うむむ、困ったことです。
 その理由の一つは、介護殺人や介護心中がなくならないどころか、逆に増えている事実にある。介護事故についての報告件数も年々増えている。
パンはこわい。パンを丸々一個口に入れて、ノドに詰まらせて死亡する例があとを絶たない。そこで、ケアの場では、日頃から歌などで声を出す練習をする。食べ物を飲み込むときに使う筋肉が、発声に使う筋肉とほぼ同じだから。舌を出し、頬をふくらませるなど、「お口の体操」をしてから食事に入る施設が少なくない。
介護保険法によれば、正当な事由なくサービス拒否することは禁じられている。しかし、実際には、施設は「客」を選ぶ。介護施設のよし悪しは、ヘルパーの力量いかんによる。質のよいところほど、スタッフのできのよいほど、できること、できないことをはっきり答えてくれる。有料老人ホームも玉石混交。肝心の職員研修が、手間や時間、経費がかかるためか比較的貧弱で、事故がじわじわ増えている。
 認知症の介護ではヘルパーが冷静にしていられるには、かなりの習練が必要となる。
世界最長寿のわりに、日本はリハビリ後進国といわれる。医療と介護をどうつなげてリハビリするかの検討も不十分だ。
 床ずれは、病院でおこせば「療養上の世話」のミス、つまり看護過誤。じつは、床ずれの有病率は、在宅高齢者に一番高い。
 支配されるお年寄り、介助者は王さま。これがケアの力関係である。
介護施設は、夜に20対1(ヘルパー1人で20人をケアする)というのはざら。
 拘束あるいは虐待の輪を断ち切るのは、看護師でもヘルパーでも、経営者でもない。身内なのだ。家族やまわりの善意の声が大きいかどうかで、対応は変わっていく。これが現実である。
 認知症の患者は、識別能力こそ弱っているものの、感情はある。
虐待発生のリスクは、ケア現場すべてに内在している。虐待するのは、20~30代の若手の介護士たち。そこで家族は、いろんな時間帯に面会するとよい。とくに、食事どきに食堂にすわる。そのとき、家族のいない年寄りがどう対応されているのかをよく見る。
 介護職場の大変さと、それを放置してごまかしている政府のインチキさがよくわかる本でした。
(2012年1月刊。1700円+税)

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