弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2011年11月20日

北朝鮮に潜入せよ

朝鮮

著者  青木  理     、 出版  講談社現代新書   

 韓国に潜入してきた北朝鮮の工作員については、これまでも多少の知識はありました。その典型が1968年1月に起きた青瓦台襲撃事件(1.21事態)です。私はこのとき大学1年生です。まだ、東大闘争が始まる前で、平穏な寮生活を楽しく過ごしていました。
北朝鮮の特殊部隊「124部隊」に所属する武装工作員が南側に侵入し、青瓦台までわずか1キロという至近距離に迫った。生け捕られた一人は「朴正熙の首を取りにきた」と目的を語った。
 これに対して朴大統領が報復を考えた末に起きたのが映画『実尾島』で有名となった実尾島事件である。同じく31人から成る「684部隊」は過酷な猛訓練を経て北朝鮮に潜入することになった。ところが、世界情勢の変化により朴大統領も報復を断念する。そうなると、「684部隊」の存在自体が不要となる。隊員の不満が爆発して大惨事が発生した。
 私もここまでは知っていました。しかし、韓国軍も北朝鮮へ多くの「北派工作員」を隠密裡に送り込んでいたのでした。朝鮮戦争後に北派されて失踪死亡した工作員は7726人にのぼる。50年代の北派工作員は、朝鮮戦争の延長線上にあり、北朝鮮出身者が大半を占めていた。そして50年代の工作員の9割は任務から帰還できなかった。60年代に北派工作員となったのは、貧困にあえぐ孤児や前科者・不良・無職の若者たち。軍が高額の報酬をえさとして騙すようにして誘引していた。60年代、2000人以上の北派工作員が死亡・行方不明となった。ところが72年の共同声明のあと、北派工作は劇的に減少した。「諸君たちは国家のため任務に就く。諸君は契約を破るかもしれないが、国家は破らない」 
 このようにして工作員は契約書を書かされた。しかし、国家は契約書を交付しなかった。そして、「国家は裏切らない」というのは大嘘だった。そうなんですよね。国家を構成する個々の公務員は異動してしまうと、前任職場の言動にはまったく何の責任もとらなくなるものです。また、責任の取りようもありません。なにしろ無縁なのですから。これは、今の福島第一原発事故で放射能対策に現場であたっている人にもあてはまってしまう危険があります。放射能によるがん発生が、確率が高まるというものである以上、国は素知らぬ顔をしてしまう恐れは大きいのです。
 国家の非情さも明らかにしてくれる本でした。
(2006年4月刊。740円+税)

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