弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2011年4月18日

鯨人

生き物

著者   石川 梵、 出版   集英社新書
 
 銛(もり)一本で、鯨(くじら)に挑むインドネシアの島民を現地に溶け込んで取材した日々を生き生きと再現した衝撃的な本です。その漁のすさまじさは手に汗を握ります。が、それに至るまでのなんと気の長い日々でしょう・・・。ひたすら鯨の来るのを待つのです。じっとじっと海の上でそして地上で見張るのです。その悠長さには、とてもつきあってはおれません。
 インドネシアは赤道をまたぎ、1万7500ほどの大小さまざまな島からなる人口2億人をこえる海の大国である。沖縄本島ほどの大きさのレンバタ島の南端にラマレラ村がある。ラマは土地、レラは太陽という意味。つまり、太陽の土地だ。ラマレラは人口2000人足らずの小さな鯨漁の村。水道もなければガスもない。調理には山で集めた薪の火を使い、夜になると、村は鯨の脂でランプを灯す。といっても、これは現在のことではありません。著者が泊まり込んでいた1997年当時の話です。
 ジンベイザメを仕留める。ジンベイザメは、プランクを食すおとなしいサメ。天敵もいないので、水面でいつものんびり泳いでいる。全長10メートルをこえるジンベイザメは、船体を水中に引き込む力がある。鯨とちがって水上で呼吸する必要のないサメは、銛を打ち込まれると、どこまでも深く船を海中に引き込む。うへーっ、怖いですね。
 マンタ漁には、鯨漁に匹敵するほどの危険がともなう。マンタの振り回す巨大な翼は危険で、直撃すると人を即死させる破壊力がある。うひゃうひゃ、これまた怖い話です。
 鯨の漁期は、毎年5月から8月。捕れて年に10頭。捕れるときは3、4頭まとめてということもあるので、チャンスは少ない。
長く海を眺めていると、時間の感覚が麻痺していく。鯨人にとっては、それが一生続く。
ラマレラの人々は、海の上で1キロ先のマンタの飛翔も見逃さない。目は、鯨漁に従事するラマファの命だ。鯨の急所は尾ビレの付け根の30センチほどの狭い範囲で、そこに動脈がある。揺れる船の上から最高のタイミングで狭い急所に銛を打ち込まなければいけない。
大型のマッコウクジラの巨大な頭には、2000リットルもの脳油が詰まっている。脳油の融点は29度と低い。この脳油を冷やしたり温めたりして身体の比重を変え、浮上や潜水をする。浮かぶときは、深海の水で冷やされ、固く、高密度になっている脳油を温めるため、脳油器官をめぐる毛細血管に大量の血液を流し込む。鯨の体温は33度なので、脳油は溶け、密度が薄くなる。頭の比重が軽くなったマッコウクジラは、頭を上にするだけで浮上する。海面に出たマッコウクジラは、そこで30分ほど呼吸する。血液により温められた脳油は、このとき液体状だ。潜るときには海水を鼻孔から脳油器官に導く鼻道へ吸い込み、脳油を急速に冷やす。冷たい海水により脳油は固形状になり、密度が上昇する。今度は比重が重くなった頭を下げれば自然に潜水していくという仕組みだ。うむむ、なるほど、うまい仕組みです。
マッコウクジラは、肺や血液だけでなく、筋肉のなかに多量の酸素を貯えられる。だから潜水中でも筋肉に貯えた酸素を体内に供給できるわけだ。しかし、どうして深海3000メートルの水深に鯨の体が耐えられるのか、実はまだ謎だ。
銛を打ち込まれたマッコウクジラは、SOSを発し、必死に仲間を呼んで助けを求める。
鯨一頭捕れたら、村民が2ヶ月しのいでいける。手に入れた肉は、干し肉にして、女たちが市に持っていき、野菜や生活必需品と交換する。残りの肉も乾燥させて保存し、交換する。鯨の解体は時間がかかる。血の一滴、脊髄や歯に至るまで村民に分配される。血は鯨を煮込むときのソースとして、歯は指輪などの装飾品に用いられ、脂身を干したときに出る油は家庭の灯火として利用される。鯨の油はマイナス40度になっても凍らないので、ロケットの潤滑油として今も利用されている。骨を除く鯨のすべてが、くまなく利用される。ところが、ラマレラの民の胃袋に鯨肉はほとんど入らない。たんぱく源というより通貨のようにラマレラの民の生活を支える。
圧巻は、鯨を打ち込まれた鯨の目を写真に撮ろうというシーンです。
鯨の目は赤く血走り、食われてたまるかというように、いきり立っている。鯨の眼から発する炎のような怒りが全身に伝わってきた。すごいですね。同じ哺乳類ですからね・・・。
鯨は本来やさしい動物で、遊泳中にダイバーが視界に入ると、尾ビレがぶつからないように避けてくれる。それなのに、なぜ非情にも殺すのだと怒っているのです。
自分たちは、食うために必死に鯨と戦う。鯨も生きるために必死に抵抗する。どちらが勝つか、それは神様の決めること。鯨は友人なのだ。
今では、このラマレラもかなり変貌したことが「あとがき」で紹介されています。そうなんでしょうね・・・。
(2011年2月刊。780円+税)

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